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古代の神社では災厄の影響で主祭神が代わっていた?

[入門]古墳と文献史学から読み解く!大王・豪族の古代史 #056


現代に伝わる古代の神々の多くは神社に祀られ、その縁起も伝えられている。神々の系譜をみるとそれを祀った豪族の祖が見えるようだが、さまざまな事情で神様がチェンジすることもあるようだ。大和地方で稲作を成功させた鴨氏が祀った神々を例にあげて考えてみよう。


 

命を賭けなければならない時にすがる「物」とは

ご神体三輪山と三輪神社(奈良県桜井市)撮影:柏木宏之

 奈良県桜井市に日本最古の神社だといわれる大神(おおみわ)神社があります。ご神体は三輪山(みわやま)そのものです。ここに祀られる神様は大物主大神(おおものぬしのおおかみ)です。

 

「大物主大神」の「大物」、もっと言えば「物」とは何を指すのでしょうか?

 

 現代では物体を指すことばですが、古代の「物」は人智の及ばない神の世界全体を指すことばでした。つまり「物の怪(もののけ)」の「物」なのです。現代では「大物」は大人物を指しますが、古代では人の能力をはるかに超えた最高神を指したのです。

 

 それがわかると「大物主大神」という名が最上級の尊称であることがわかりますね。

 

 ちなみに「物部(もののべ)」という氏が大豪族にありますが、物部氏は神を祀る氏族だったことがわかります。また古代に限らず中世も今も命を賭けなければならない戦いに勝つためには神のご加護が欲しくなります。

 

 つまり物部氏は神を祀り軍事を司る豪族だったわけです。

 

崇神天皇の時、三輪山に大物主大神が祀られ創建された大神神社(奈良県桜井市)撮影:柏木宏之

飢饉と疫病から崇神天皇は国津神を大物として祀った

 

 さてそれはともかく、ここで重大なことに気づきます。

 

 天津神(あまつかみ)である天照大神(あまてらすおおみかみ)の子孫を称する大王家第10代・崇神(すじん)天皇の時に奈良県桜井市の三輪山に大物主大神を初めて祀り、大神神社が創始されます。大物主大神は出雲の大国主命(おおくにぬしのみこと)のことですから、天孫族の子孫は国津神を「大物主」として祀りました。

 

 その時に大和の大豪族・鴨氏の神社、鴨都波(かもつば)神社も創建されるのですが、祭神は大国主命の子で、やはり国津神(くにつかみ)です。

 

 主祭神の積羽八重事代主命(つわやえことしろぬしのみこと)は農耕の神で、今では戎(えびす)神とも同一視されて信仰を集めています。つまり、食料生産と商売繁盛の「栄」をもたらしてくれるありがたい神様なのです。

 

 崇神天皇が国津神(くにつかみ)を大物として祀ることになったのは、飢饉と疫病にみまわれて国が成り立たないほどの危機に瀕したからだと『記紀』にあります。

 

鴨都波神社狛犬(奈良県御所市)撮影:柏木宏之

厄才によって主祭神が国津神に代わる

 

 鴨一族も同じ時に同じ厄災にみまわれたのでしょう。

 

 一大食料生産地であり、それを担う鴨氏の居住地に大物主の子である事代主を祀ったのは、まったく関連のない話ではあり得ません。

 

 桜井市付近にあって大神神社を創始した古代大和王朝と御所市の鴨都波神社は距離としても近く、相当濃密な関係が結ばれていたことは間違いありません。

 

 つまり、古代の豪族はそのほとんどが天津神を祀る渡来人を祖先に持つ集団だったと思われますが、一緒に渡来して祀った神々も、その後に大きな事件があると主祭神がチェンジすることもあるということでしょうか。

 

 ただ、固有の神は消去されることはありませんので、やはり神を研究するとその氏族の出自とその後の出来事を推測する大切なヒントになり得るのです。

 

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柏木 宏之(かしわぎ ひろゆき)
柏木 宏之かしわぎ ひろゆき

1958年生まれ。関西外国語大学スペイン語学科卒業。1983年から現在も毎日放送アナウンサー、ニュース、演芸、バラエティ、情報、ワイドショー、ラジオパーソナリティ、歴史番組を数多く担当。現在、アナウンサーを続けながら武庫川学院文学部非常勤講師、社会人歴史研究会「まほろば総研」を主宰。奈良大学通信教育部文化財歴史学科卒業学芸員資格取得。専門分野は古代史。奈良大学卒論は「日本列島における時刻の掌握と報知の変遷」

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