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火の粉を浴び、矢が刺さっても人形を動かしたNHK『人形劇 三国志』操演者の熱意

ここからはじめる! 三国志入門 第50回


三国志ファンを今なお魅了し続けるNHK「人形劇 三国志」(19821984年)。人形の作者・川本喜八郎氏の回想および人形の操演者の方々の声もあわせ、見どころを振り返ってみたい。


 

「人形劇 三国志」ビジュアル(川本プロダクション提供)

「人形劇 三国志」で、総勢400体も製作された三国志人形。体高はそれぞれ約6070cmあり、一体に一人ずつの操演者が必要だった。操演者は狭いところに身をかがめ、人形の両手に取りつけてある鉄の棒と、カシラを支える握り棒を操った。握り棒には目をつむったり、首を動かす仕掛けがついている。

 

 劉備は伊藤万里子氏、諸葛亮(孔明)は南波郁恵氏、曹操は船塚洋子氏、関羽はおかの公夫氏など、主演クラスの操演者は決まっていたが、手が空いていれば他の人形も動かした。みな1人で複数の人形を担当。1シーンでの数が増えれば大変だ。合戦ともなれば武将を動かす人、乗馬を動かす人、武器を持つ手を動かす人の3~4人で一体分を操ったという。

 

「どうにか操演者が映らないように地面を隠すなど、工夫して撮っていましたね。クレーンにハンディカメラを取り付けたりして、現場の人たちの熱意が本当にすごかった」と、川本氏は振り返っている。

 

 実写の作品だから、セットも人形劇とは思えないほど豪華だった。建物や船は本物の木で造られたし、本火・本水(本物の火や水)を使ったのはNHK人形劇シリーズでは初めてのことだったそうだ。

 

 火といえば、やはり赤壁の戦い(第33回)。広いスタジオ一杯に巨大なプールがつくられ、船が浮かべられた。孫権軍の黄蓋(こうがい)を操演した大江健司氏は、本当に燃えている船の脇にいて、火の粉を浴びながら必死に動かした。「先にバケツで水をかぶってから撮りました」と振り返っている。身体を張っていたのだ。

「人形劇 三国志」諸葛亮と龐統(川本プロダクション提供)

 龐統(ほうとう)が戦死するシーン(第46回)では、本当に矢の雨を降らせ、矢が刺さるように龐統の服の下に発泡スチロールを仕込んでいた。ところが、操演している伊東万里子氏の右手にも矢が刺さってしまったという。「誰も気づかず、そのまま撮影が続きました(笑)」と大事には至らなかったそうだが、その操演者魂には敬服するばかり。

 

 ほか、関羽の最期(第58回)では、呂蒙に刺されて苦しむ関羽を、おかの公夫氏が青息吐息で操演。この場面は、関羽の乱れ髪が顔にかかるので何度もNGが出た。刺す側の呂蒙を操演した船塚洋子氏は、あの関羽を何度も刺すはめになってしまったそうだ。

 

 三顧の礼(第23回)では、諸葛亮が昼寝から目覚めるまで、じっと待ち続ける劉備の下に、やはりじっと佇む伊東万里子氏がいた。「人形と同じく、その人になりきっていました」と、操演者の方たちは共通の思いを口にされる。

 

 人形のほうも大変だった。戦いで腕がもげるのは日常茶飯事。その極めつけは「玄徳の死」(第64回)。孔明が豪雨のなかで主君・劉備(玄徳)の死を前に号泣する。日ごろ冷静な軍師が、このときばかりは「うあ~!」と激しく泣き叫ぶ場面は非常に印象的であった。しかし、製作者の川本喜八郎氏は気が気でなかったという。

 

「本当にすごい雨を降らせたので、顔も衣装もずぶ濡れに(笑)。孔明の顔が溶けてしまう・・・と、ハラハラしながら現場で見ていました。カシラの素材は紙ですから。結局おでこの部分が、少しへこんだぐらいで済みましたけどね」

 

 4回も造りなおしたという孔明のカシラだけに、そのハラハラ具合が手に取るようにわかる。

 

 CGの技術がない時代の「生身の撮影」。それに本気で臨んだ操演者と人形が一体となり、迫真の演技を生んだのである。当時、研修に来ていた中国のテレビ局(中国中央電視台)の方たちも「こんなにしっかりした三国志の作品は初めて見ました」と驚いていたという。

 

 まさに「三国志の長編映像作品」のパイオニアにふさわしい作品。再放送を望む声も多いが、長らく実現していない。紳々(しんしん)、竜々(ろんろん)の解説部分などを省略した再編集版などの再放送を待ち望みたいものである。DVDで観られる、というのはさておいて。

 

(取材協力:川本プロダクション 文:上永哲矢)

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上永哲矢うえなが てつや

歴史著述家・紀行作家。神奈川県出身。日本の歴史および「三国志」をはじめとする中国史の記事を多数手がけ、日本全国や中国各地や台湾の現地取材も精力的に行なう。著書に『三国志 その終わりと始まり』(三栄)、『戦国武将を癒やした温泉』(天夢人/山と渓谷社)、共著に『密教の聖地 高野山 その聖地に眠る偉人たち』(三栄)など。

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