今や”やりたい職業”のひとつ「国家公務員」の試験のはじまり
幕末~明治の偉人が生んだ制度・組織のはじまり
会社や組織において、何か新しいことをはじめる、または実現するためには周囲を納得させて、いくつもの障壁を乗り越える必要がある。この記事では現代まで脈々と続く「仕組み」や「制度」のはじまりを紐解き、現代にも生きる“学び”を解説。今回は「国家公務員試験」の“はじまり”と歴史を紹介する。
■今や「将来安泰」の代名詞・国家公務員になるための試験

東京大学
江戸時代、唯一にして最高の教育機関とされていたのが、東京大学の前身の学校であった。
親が娘に勧めたい結婚相手の職業第一位は国家公務員であるらしい。国がなくならない限り、失業する恐れがない。将来安泰というのが理由らしいが、国家公務員は誰でもなれるわけではなく、その大半は入試要項を見た時点で、自分には無理とあきらめるに違いない。
現在の国家公務員試験は筆記と面接からなり、筆記試験では数的処理の占める割合が高く、その難易度は麻布や開成(かいせい)など、トップレベルの私立中学の入試問題に引けを取らない。公立高校の数学Ⅰ、数学Ⅱをクリアできない人間に歯が立つはずはなく、やはり選ばれた人間だけがなれる職業なのである。
江戸時代でいうなら、国家公務員にもっとも近かったのは徳川家に仕える武士、すなわち幕臣(ばくしん)である。世襲(せしゅう)が基本であったから、人材養成の機関はあっても、現在の国家公務員試験にあたるものは存在しなかった。
人材の養成にしても、従来の朱子学(しゅしがく)に代わり、西洋学を中心とした教育機関が設置されたのは、ペリー来航から3年後の安政3年(1856)のことだった。江戸の九段坂に蕃書調所(ばんしょしらべしょ)の名で設立されたそれは、場所を小川町、一橋門外、名を洋書調所、開成所と改めたところで明治政府に移管され、大学南校(だいがくなんこう)から南校、第一大学区第一番中学、開成学校、東京開成学校を経て、明治10年(1877)には加賀金沢・前田家の上屋敷があった本郷に場を移し、名も東京大学と改められた。明治19年には帝国大学、同20年には東京帝国大学となり、終戦後になって東京大学の名に復する。
この間の大学南校時期、各藩から厳選された学生に語学を中心とした教育を授け、優秀な成績を修めた者を官費で海外留学させるカリキュラムが組まれたが、版籍奉還(はんせきほうかん)により藩自体が消滅してしまったため、選出は一回きりで終わった。
結局のところ、新政府のもとで官吏として採用された者は、薩長土肥の4藩出身者ばかりで、なかでも旧薩摩藩士と旧長州藩士の数が抜きん出ていた。その後の新規採用でも縁故が物を言ったため、薩長以外の士族のあいだでは明治政府を「薩長連合政府」と揶揄する声が共有され、どす黒い不満が渦巻いていた。
大学南校の後身はいずれも官吏(かんり)要請機関の役割を担い、明治20年に発布された文官試験試補及見習規則では、東京帝国大学の卒業生には事実上、奏任官(キャリア)への無試験任用の特典が付与された。これは藩閥が帝国大閥に代わっただけなので、不満の声が下火になることはなかった。
不平の声の中心にいたのは、明治13年から18年のあいだに続々と開校した、現在の法政大学、専修大学、明治大学、早稲田大学、中央大学の前身にあたる法律専門学校の卒業生や関係者たちだった。これらの学校に子弟を送り出していたのは商工業者や地主などからなる富裕層が主で、彼らのあいだでは西洋思想の流入に伴い、納税額に見合う権利の拡大要求が高まりつつあった。
明治政府としても欧米列強に比肩できる近代国家を目指す以上、公然たる不平等を放置するわけにはいかず、明治26年には文官任用令(ぶんかんにんようれい)と文官試補及見習規定を制定。奏任官の任用は原則、文官高等試験によると改められ、翌年から実施された。

伊藤博文
国家公務員試験の前身となる文官任用令は、伊藤博文内閣時に初めて実施された。(国立国会図書館蔵)
国家公務員は国政の実務を担う人びとだから、人材の供給に関して世襲に固執するのは大局を誤る愚行でしかない。公平な採用を心がけなければ、真に有為な人材は野に埋もれたまま日の目を見ることもなく、それこそ国家にとって大きな損失である。
戦後の国家公務員試験でもおおむね、明治26年制定の採用方法が踏襲されたが、大日本帝国憲法と日本国憲法では主権者が異なる。天皇から日本国国民に代わっているから、国家公務員のあるべき姿もおのずと違ってくる。

日本国憲法
国家公務員について記された「日本国憲法」。(国立国会図書館蔵)
日本国憲法の第十五条の第二には、「すべての公務員は全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とあり、昭和22年(1947)公布の国家公務員法と検察庁法、平成12年(2000)施行の国家公務員倫理法、にはそれぞれ詳細の決まりが列記されている。現役の国家公務員や受験を考えている人びとはもちろん、それ以外の日本国民も一度はその全文に目を通し、国家公務員の現状と国家公務員の採用に問題がないか、問題があるとしたらどの点か、何をどう改めればよいのか、自分なりの解答を持つことが必用であろう。