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新時代をつくった渋沢栄一や三島中洲の礎を築いた「思想」と「財政」の風雲児【山田方谷】とは?

その思想をもってのちの明治維新の立役者たちを育成した逸材


幕末の備中松山(びっちゅうまつやま)藩で革新的な藩政改革を成し遂げ、その思想をもってのちの明治維新の立役者たちを育成したという松山藩が生んだ偉人「山田方谷」を知っているだろうか?ここでは方谷という人物がいかなる男であったのかに迫る。


 

松山藩政改革に辣腕を振るい、
新時代をつくった渋沢栄一や三島中洲の
思想の礎を築いた備中松山藩の逸材

 

山田方谷肖像(山田方谷記念館蔵/高梁市提供)

 

革命者として教育者として幕末から明治に威光を残す

 

 幕末や明治の歴史を動かした有為(ゆうい)の人材に多大な影響を与えた山田方谷の名は近年とくに注目されている。備中松山藩の財政改革はもちろん、人材育成に大きく貢献した。現在の倉敷市の出身で二松學舎(にしょうがくしゃ)創立者・三島中洲(みしまちゅうしゅう)、戊辰戦争で新政府軍を苦しめた長岡(ながおか)藩家老の河井継之助(かわいつぎのすけ)などは門弟の代表格だ。日本の資本主義の父・渋沢栄一(しぶさわえいいち)にも、中洲が唱えた『義利合一(ぎりごういつ)説』を通じて方谷の思想が大きな影響を与えていた。

 

 文化2年(1805)、方谷は板倉(いたくら)家が藩主を務める松山藩領の阿賀郡西方村[あがぐんにしがたむら](現・高梁(たかはし)市)の農家の長男として生まれた。生家は菜種油の製造販売をおこなう商家でもあり、生来、方谷は理財に長けていた。勉学に励み藩から学資を受けるほど期待された方谷は、文政12年(1819)には武士身分に取り立てられ、藩校・有終館(ゆうしゅうかん)で若手藩士を教えた。その後も京や江戸に出て学問を積み、有終館の学頭に任命され、藩の教育を預かる立場となる。

 

藩校 有終館跡延享3年(1746)に藩士育成のため創設。方谷が学頭を務め多くの人材を輩出した。(高梁市提供)

 

 そんな方谷を破綻状態にあった藩財政の再建に当たらせたのは、嘉永2年(1849)に藩主となった板倉勝静(かつきよ)である。勝静の御進講(ごしんこう)役(教育係)を務めた方谷に経綸(けいりん)の才があることを見抜き、元締役兼吟味役に任命して財政再建の責任者に抜擢する。

 

藩札(お金)を燃やす山田方谷方谷は藩の財政危機で乱発し、信用を失った藩札を燃やすことで流通を制限。代わりに新しい藩札を発行し紙幣価値と信用を正した。(イラスト/さとうただし)

 

 この人事は藩内で不評を買う。類いまれな才をもつ学者には違いないが、行政手腕は未知数。方谷は元々農民であり、藩士からの蔑視も避けられなかった。しかし、方谷は期待に見事応える。松山藩は7年で借財10万両をすべて返済できたばかりか、10万両もの余剰金を得る。まさしくV字回復だった。領民の暮らし向きも向上し、神のように慕われた。

 

備中鍬と鉄釘全国でも著名な「備中鍬」は山田方谷が郷土の産業発展のため売り出し、藩財の潤した。(山田方谷記念館蔵/高梁市提供)

 

 方谷は藩政改革で実績を挙げる一方、人材育成にも熱心で、天保9年(1838)に家塾・牛麓舎(ぎゅうろくしゃ)を開く。方谷の薫くん陶とうを受けた三島中洲たちは改革を助け、河井たち他藩の者は自藩でその教えを藩政に活かした。

 

 文久2年(1862)には勝静が幕府の老中に任命され幕政顧問となるが、引き続き藩政に目を光らせる。ところが、慶応4年(1868)の鳥羽(とば)・伏見(ふしみ)の戦いで勝静が付いた徳川慶喜(とくがわよしのぶ)の幕府軍が敗れると、松山藩は新政府軍の討伐対象とされ、藩は存亡の危機に直面する。

 

 方谷は藩内の反対を押し切り、武力抵抗せず松山城を開城することで藩の存続を実現した。方谷の教えを受けた藩士・熊田恰(くまだあたか)は責任を取る形で自刃して果て、大勢の藩士の命を救った。自刃した場所は現在も倉敷市に残る旧柚木(ゆのき)家住宅(西爽亭)だ。

 

 その後、方谷は長瀬塾(ながせじゅく)や閑谷学校(しずがたにがっこう)などでの教育に余生を捧げた。近代を支える人材を育成して、明治10年(1877)に73歳で生涯を終えた。

 

山田方谷年表

 

監修・文/安藤優一郎

 

【山田方谷のキセキをめぐる旅】
山田方谷について知りたい人はこちらをチェック! 観光やイベント情報も紹介。
[公式WEB]https://www.kurashiki-tabi.jp/yamada-houkoku/

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過去記事

安藤優一郎あんどうゆういちろう

1965年千葉県生まれ。歴史家。文学博士(早稲田大学)。主な著書に『渋沢栄一と勝海舟』(朝日新聞出版)、『幕末の志士渋沢栄一』(エムディエヌコーポレーション)、『明治維新 隠された真実』、『河井継之助 近代日本を先取りした改革者』(ともに日本経済新聞出版)など。

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