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吉田茂らの「ヨハンセン」グループとは何か?ーー「本土決戦策とポツダム宣言受諾」こぼれ話

「歴史人」こぼれ話・第14回


ガダルカナル島やアッツ島などでの敗北を契機として、戦局が悪化の一途を辿って敗戦の色彩が濃厚となりはじめたちょうどその頃、戦争の早期終結を図ろうと、密かに活動を続けていた一団がいた。その存在を嗅ぎつけた軍部によって「ヨハンセン」と名付けられ、監視されていたそのグループとは、一体?


吉田茂らヨハンセングループの活動

終戦に導いた鈴木貫太郎 国立国会図書館蔵 / 日清・日露戦争で活躍。裕仁殿下の教育係を勤めていた足立タカと再婚。

 ガダルカナル島撤退(昭和182月)やアッツ島玉砕(昭和185月)に続いて、サイパン島までもが陥落(昭和197月)するなど、戦局が悪化の一途をたどっていたその頃、密かに戦争の早期終結を図ろうとするグループがあった。

 

アッツ島玉砕と、指揮官山崎部隊長が美談として綴られた書籍『山崎部隊長を語る』統正社/個人蔵

 

 元首相・近衛文麿(このえふみまろ/吉田茂の盟友)や元内大臣・牧野伸顕(まきののぶあき/吉田の岳父)らの重臣、及び吉田の外務次官時代の上司・幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)、元文部大臣・鳩山一郎らがその一員であった。

 

 その連絡役として活動の中心的な役割を果たしていたのが、当時外務省を退官して自由な身であった吉田茂。その実、戦争を早期に終結せんと工作を続けていたのである。

 

 ただし、それを現実のものとするには、一億玉砕に突き進む軍部の目に止まらぬよう、秘密裏に行動する必要があった。それでも、このグループの動向を軍部が察知。彼らを警戒し始めたことはいうまでもない。

 

 吉田の「よ」と反戦(はんせん)を繋げ、ヨハンセンと秘密の暗号名で呼び、スパイを送り込んで、その行動を監視し続けたのである。

近衛の終戦工作に動いた吉田茂/国立国会図書館蔵

 水面下の休戦交渉と近衛上奏

 

 その後、戦局がさらに悪化。201月にはルソン島が陥落。小笠原諸島南端の硫黄島まで失ってしまえば、本土への爆撃も必至…との不穏な空気が漂い始めた214日、近衛文麿が、意を決して戦争の早期終結を天皇に上奏したのである。驚くべきはその際、軍部に紛れ込んだ共産分子が軍を策動して戦局拡大を図っていることや、その後共産革命が起きる可能性があることまで暴露したのである。

 

 この上奏(じょうそう)文は、近衛と吉田で練り上げたものであったが、大磯の吉田邸にお手伝いとして潜り込んでいた石井マキが、二人の隙をみて写し取ったことで軍部も把握。その草案に、吉田が関わっていることを知ったのである。2カ月後の415日、東京憲兵隊が大磯に乗り込んで吉田を連行。罪状は造言飛語(ぞうげんひご)罪、つまりあらぬことを言い立てて軍部を中傷したというものであった。それでも、吉田は完全黙秘。軍部は容疑が実証できず、ついには不起訴にせざるを得なかったようである。

 

上奏文で工作した近衛文麿は五摂家の近衛家の第30代当主。第1次近衛内閣時には、盧溝橋事件に端を発した日中戦争が発生し、派兵声明、近衛声明や東亜新秩序などで対応。戦時体制に向けた国家総動員法の施行などを行いながら、戦況を把握。終戦派となった/国立国会図書館蔵 

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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