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丸山の遊女は美人揃いで“日本一”だといわれた⁉【長崎・丸山遊郭】

全国津々浦々 遊郭巡り─東西南北で男たちを魅了した女たち─第2回(長崎・丸山 後編)


西でも東でも男たちを魅了した花街の歴史を探訪─

 

古今東西、さらにはいかなる時代においても花街は男たちを虜にした。古くから全国各地に遊ぶ場所は存在し、名称やしりたりは違えど、遊女たちが集まる場所には、男たちも集まり、華やぎ、憧れを集め、一つの歴史と文化を作り上げた。そんな全国各地にあった遊郭の歴史を本連載では紹介。第二回となる今回は、前回の続き、異国人たちも行き交った長崎・丸山に存在した遊郭の様子を解説する。


出島に駐留したオランダ人たちすら魅了した長崎の遊女たち

 

図5『諸国名所百景 長崎丸山の景』(広重、安政6年) 国会図書館蔵

『譚海』(津村正恭著、寛政7年)は、丸山の繁栄を――

 

 遊女は五、六百人もあるべし。太夫揚代は昼夜にて銀六拾四匁なり。それより数品下りて、金壱歩或いは銀六匁までに至る。太夫一人にて、禿二人、新造五、六人程ずつも進退するなり。遊女の衣裳はすべて唐織なり。首の飾はみな鼈甲の櫛、笄にして、櫛三枚ほどずつ、簪も鼈甲にてこしらえたるを十二、三本ずつ挿すことなり。

 

 ――と述べ、ほかに見ない繁華と評している。

 

 とくに、遊女の衣装や、髪飾りの豪華さが目立つ。

 

 やはり清(中国)やオランダとの交易を通じ、海外の布地や鼈甲(べっこう)などを、いち早く手に入れることができたからであろう。

 

「衣」に関するかぎり、丸山は吉原以上だった。

 

 また、遊女の揚代(料金)も高額だった。富裕な男が丸山で湯水のように金を使っていた。

 

 戯作『春色恋白波』(為永春水著、天保12年)には――

 

 ここに肥前の長崎は、三都に等しき繁華にて、かの丸山の全盛と美人の多きは、日の本の第一なりと聞き伝う。

 

 ――とあり、長崎の繁華は京都・大坂・江戸に勝るとも劣らぬほどで、しかも丸山の遊女は美人ぞろいで、日本一だ、と。

 

 図5からも、遊女が美人で、衣装や髪飾りが華美なのが見て取れよう。

 

 丸山が繁栄していたのは、長崎が当時、海外に開かれた唯一の窓であり、清やオランダとの交易で繁栄していたからにほかならない。

 

 長崎の繁栄がすなわち、丸山の繁栄につながったのである。

 

 いっぽうで、長崎独特の土地柄が丸山に、ほかにはない遊廓の特色をもたらした。それは、異人(外国人)客の存在である。

 

 長崎に来航した、あるいは駐在している清人は、塀で囲われた唐人屋敷に居住するよう定められていた。

図6が、唐人(とうじん)屋敷である。

 

図6 『長崎土産』(磯野信春著、弘化4年) 国会図書館蔵

 清人は市中に出ることは許されていたので、丸山に足を踏み入れることもできた。しかし、妓楼(ぎろう)にあがることは禁止されていた。

 

 そこで、清人は妓楼の店先で遊女を見立て、唐人屋敷に連れ帰った。前出の図2は、まさに清人が遊女を見立てている光景である。

 

 遊女との房事は、唐人屋敷の自室でおこなったことになろう。いわば、遊女のテイクアウト(持ち帰り)方式だった。

 

 いっぽう、オランダ人は出島から出ることを許されていなかった。市中を自由に歩くことはもちろん、丸山を訪れることもできなかったのである。

 

 また、たとえ妻帯者であっても、妻を帯同して赴任することは禁止されていた。そのため、出島に居住するオランダ人はみな、単身赴任であり、禁欲状態に置かれていた。

 

 こうした状況をかんがみ、長崎奉行は遊女が出島に出向くことを許可した。つまり、遊女のデリバリー(出前)方式を認めたのである。

 

 斡旋する業者がいて、その者に頼めば、オランダ人の要望を聞き取り、丸山の遊女を出島に連れてきた。

 

 図7は、出島で、呼び寄せた遊女とオランダ人が酒宴をしている光景である。

 

図7『駱駝之世界』(江南亭唐立著、文政8年)、国会図書館蔵

 絵の右下の、羽織袴の男は通子(通詞)で、通訳である。ひとりのオランダ人が何か言ったのを聞いて――

「何とおっしゃいます。酒はいやだから、早く寝たいとか。どうも、まえど床急ぎには困ります」

 

 ――と、ぼやいている。

 

 床急ぎとは、酒宴などをせずに、すぐに床入りすること。

 

 ともあれ、このあと、遊女はそれぞれ相手のオランダ人の個室で床入りしたが、寝床はベッドだった。

 

 清人もベッドを使用するから、当時にあって、丸山の遊女は稀有な経験をしていたことになろう。

 

『全国遊廓案内』(日本遊覧社、昭和5年)は、「長崎市丸山遊廓」について――

 

 市の東方に当たって、ちょっとした高台になっているので、付近の人々は「山」と呼んでいる。ゆるい傾斜地に、大小の妓楼がずらりと二十二軒も軒を並べて、料理店、芸妓置屋などの紅灯、青灯が点在している中から、弦歌や艶めかしいさんざめきが流れてくるあたりは、真に日本の花街らしい気分がする。目下、貸座敷は二十二軒、娼妓は約二百人いる……(中略)……遊興は時間制、または仕切制で、費用は一時間一円二、三十銭くらい、宵から翌朝までの一泊は四円見当で、台の物は別である。

 

 ――と記している。

 

 貸座敷は妓楼(女郎屋)のこと、娼妓は娼婦(遊女)のことである。台の物は、仕出し屋の料理。

 

 料金は、一時間が一円二~三十銭くらい、泊りが四円くらいだった。

 

 昭和初期、丸山遊廓には独特の情緒があったようだ。

 

 

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過去記事

永井 義男ながい よしお

1997年『算学奇人伝』で開高健賞受賞。時代小説のほか、江戸文化に関する評論も数多い。著書に『江戸の糞尿学』(作品社)、図説吉原事典(朝日新聞出版)、江戸の性語辞典(朝日新聞出版)など。

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