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江戸の疫癘防除(えきれいぼうじょ)~疫神社の謎㉔~

一つ目の老婆の妖怪・箕借り婆を塞ぐ呪法~目籠、木札、柊鰯

「目」がたくさんある目籠を戸口や屋根の上へ掲げておく魔除け

2月8日に目籠を付けた竿を立てる様子が描かれている『温古年中行事』。鮮斎永濯筆/国立国会図書館蔵

 事始めだろうが事納めだろうが、どちらにしても、鬼は事八日(ことようか)にやってくる。そうした鬼どもを恐れるが故に、北多摩のもろもろの村里では、たいてい、つぎのようなまじないが行われたという。中でも、盛んだったのが、多摩川流域に沿ったいくつかの集落だったようだ。

 

『この日、暗くならないうちに、各家では竹竿の先にカゴを被せ、これを家の外柱に結びつけるなどして、翌日の朝まで立てておいた。(略)鬼や疫病神、あるいはミケエ婆さんという魔物が家に入って来ないようにするためで、入られると悪い病気にかかったり、災厄に襲われたりするのだといわれていたのである。なおミケエ婆さんというのは、何やら恐ろしいもので、魔物のひとつとされており、この日に限ってやって来るのだ(略)鬼や魔物は「め」が嫌いであると伝えられており、このことから、目のたくさんあるカゴを掲げておくと、家を見張ってもらえるので良いのだとする(略)またこの他、カゴの目は鬼の紋に似ていると伝えることもある。カゴの目を見ると、ここは自分の親戚の家だと錯覚し、過ぎ去って行ってしまうのだという』

 

 ミケエ婆さんというのはなんとも凄まじい表現だけど、そら恐ろしい悪霊や魔物の雰囲気はなんとなく伝わってくる。ちなみに、となりの相模国ではミカエ婆さんとかミカワリ婆さんと呼んだようで、もっとも、一般的にはミカリババア、あるいはミカリ婆さんと呼ばれていた。

 

 漢字で書けば、箕借り婆。

 

 ここでも多摩訛りがあるみたいだけど、それはさておき、この婆さんがなにをするのかといえば、ひとつ目小僧を連れて家々を回り、米粒を拾ったり、箕(み)をそっと借りていったり、ときには人間の目まで借りて行ったり、さらには口に咥えた火で火災まで起こしたりする。

 

 被害に遭う方としては、たまらない。

 

 そこで、婆さんの苦手なものを戸口にさげ、退散させようとした。目である。婆さんはどうやら目がひとつしかないらしく、それで人間の目を欲しがるようなのだが、目が多すぎるとどれを選んでよいのかわからず、困り果てて退散してしまうそうだ。

 

 そこで「目」がたくさんある目籠を魔除けにして、戸口や屋根の上へ掲げておくらしい。

 

 ただ、実は、ぼくはちょっと解釈がちがう。

 

 婆さんの目がひとつなのではなくて、ひとつ目小僧を憐れんで、小僧のために人間の片目を借りてやろうとするため、メカリ婆さんと呼ばれていたのが転訛してミカリ婆さんになったんじゃないかというものだ。なぜかといえば、目を借りる意味はあっても箕を借りる意味はないからだ。

 

 ただこの解釈が、言語学的に正しいかどうかはもちろんわからない。

 

 まあ、箕借り婆にせよ、ひとつ目小僧にせよ、疫病神にせよ、災厄をもたらす存在であることには変わりなく、どの地域でも共通しているのは、そうした魔を村や家の中へ入れないようにするために、木札だの、目籠(めかご)だの、柊鰯(ひいらぎいわし)だのと、あれこれ呪法を尽くして、道も岐も峠も巷もすべて塞いでしまうということだ。

 

(次回に続く)

 

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秋月達郎あきづき たつろう

作家。歴史小説をはじめ、探偵小説から幻想小説と分野は多岐にわたる。主な作品に『信長海王伝』シリーズ(歴史群像新書)、『京都丸竹夷殺人物語: 民俗学者 竹之内春彦の事件簿』(新潮文庫)、『真田幸村の生涯』(PHP研究所)、『海の翼』(新人物文庫)、『マルタの碑―日本海軍地中海を制す』(祥伝社文庫)など

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