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歌舞伎役者の生き様を通じて生の本質を問う『化け物心中』

『歴史人』がいま気になる歴史小説・ 第1回

流れるような節回しで江戸の梨園の闇と傾奇者の生き様を描く。圧巻の歌舞伎ミステリー

 

化け物心中

タイトル:化け物心中 著者:蝉谷めぐ実 出版社:角川書店 発売日2020年10月30日

 脛(すね)の半ばより下がつるりと丸く、薄桃色の縫い目の残る二本の足には、一本たりとも足指がついていない。だが、足指がきちんとあったときにはなあ、とこの人の名前が挙がると皆が言う。親指も人差し指も、ちびっこい小指までもが手前勝手にひらひら動いて、ありゃあ、まるで十のひれよ……。(中略)

 

 小部屋を埋め尽くす振袖の海の真ん中で、じゃれつく猫を短い足でつっついてはころころと笑っているこの男を、人々は皆、人魚役者と、そう呼んだ。

 

 上記は蝉谷めぐ実のデビュー作『化け者心中』(KADOKAWA からの引用だ。

 

 文政時代の江戸の歌舞伎を題材としたミステリー小説の同作は、第11回小説野性時代新人賞を選考委員全会一致で受賞。選考委員の1人の小説家・森見登美彦氏は、「あたかも江戸時代をひらひらと自在に泳ぎまわりながら書いているような文章」と賛辞を寄せたが、上記の短い文章からでも、語るように綴られる文章の見事さが伝わってくるだろう。

 

 同作で破格の筆力を披露した著者は、20代の新進作家。大学では文化文政期の歌舞伎をテーマに卒論を書いており、本作の文章は桂歌丸や六代目三遊亭圓生(えんしょう)の節回しを参考にしたそうだ。

 

 なお冒頭に引用した文章は、本作の主人公の1人で、後に足を切られて檜舞台から退いた天才女形(おやま)・魚之助を描写したもの。足を切られた歌舞伎役者……という、その人物造形は、幕末の大人気女形の三代目・澤村田之助を連想させる。本書はそうした歴史や文化の知識がある人なら、より一層楽しめる小説でもあるのだ。

 

“鬼の所業”の調査が梨園の闇を炙り出す

 

 『化け者心中』は、先に“ミステリー小説”と書いたように謎解きの要素も持っている。物語の運び手となるのは、魚之助の足がわりとなる鳥屋の青年・藤九郎。この藤九郎が歌舞伎の門外漢であるため、読者は彼に感情移入をしつつ、知識ゼロの段階から当時の梨園の知識を深めていけるのだ。

 

 その藤九郎と魚之助の2人は、江戸随一の芝居小屋「中村屋」の座元からの“鬼探し”の依頼を受ける。というのも数日前、中村屋で新作台本の前読みを行なっていた際に、鬼の所業としか思えない事件が発生していたからだ。

 

 6人の役者が車座となって前読みを行っていたとき、輪の真ん中に誰かの頭が転げ落ちる。そこで部屋は暗転。再び灯りをつけると、頭が落ちた場所には血だまりが残るのみで、役者の数は6人のまま。鬼が誰かを食い殺し、その一人に成り代わっていたのだ……!

 

 その鬼が誰なのかを探るため、魚之助と藤九郎は6人の役者のもとを訪問。いわば2人が探偵役・助手役となって鬼を見つけ出そうとしていくのだが……ここから本書はミステリーの枠組みを超えた面白さが生まれてくる。

 

 当初、藤九郎は「人間とは思えないほどの残虐非道な心を持っているものこそ鬼」と考えていたが、役者たちと接してその本性を暴いていくなかで、しだいに考えは揺らいでいく。

 

 舞台に乗れば女にも鬼にもなり、「客を騙す」ことを生業としている歌舞伎役者たち。彼らは芸のために血のにじむような努力をするのみならず、ときに人の心を踏みにじり、他人を貶(おとし)め、自分の身体をも傷つける。藤九郎に「鬼は誰か」と問われて「化けもんに化けもんのことを聞いたらあきまへん」と言う魚之助もそんな歌舞伎役者の1人だ。その生き様は、本能のままに生きて「腹が減ったから人を喰う」という鬼以上に恐ろしくもある。

 

 藤九郎は「役者のなかで鬼なのは誰か」を探すうち、一般社会の常識とかけ離れた梨園の闇に直面し、傾奇者たちと鬼との境目が分からなくなる。本書はミステリー小説としての仕掛けを持ちつつも、芸に命を懸ける役者たちを描くことで、「生きるとは何か」という問いを読者に投げかける小説でもあるのだ。

 

 そして藤九郎は、鬼探しの過程で、心も体も女形として生きてきた魚之助の人生、役者としての業とも正面から向き合うことになる。日常でも女性のように生きる魚之助の深淵を描く本作は、性自認や性的指向についての理解・考察が深まりつつある2020年代の小説としての時代性も持っている。幾重もの読みどころを持つ本書は、時代小説を多く読んできた人にも新しい読書体験をもたらしてくれるはずだ。

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古澤誠一郎ふるさわ せいいちろう

ライター。1983年埼玉県入間市生まれ。東京都新宿区在住。得意なジャンルは本、音楽、演劇、街歩きなど。『サイゾー』『週刊SPA!』『散歩の達人』『ダ・ヴィンチニュース』などに執筆中。

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