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絵本作家の半自伝的児童小説を映画化した『ヒトラーに盗られたうさぎ』

歴史を楽しむ「映画の時間」第6回

ヒトラー率いるナチ党の台頭で国外退去

 

© 2019, Sommerhaus Filmproduktion GmbH, La Siala Entertainment GmbH, NextFilm Filmproduktion GmbH & Co. KG, Warner Bros. Entertainment GmbH

 イギリスの絵本作家ジュディス・カー(1923-2019)が1971年に発表した半自伝的児童小説『ヒトラーにぬすまれたももいろうさぎ』を映画化した人間ドラマ。ベルリンに生まれたものの、ヒトラー率いるナチ党(国家社会主義ドイツ労働党)の台頭により、国外退去を余儀なくされた彼女とその一家の逃亡の日々が描かれている。

 

逃亡先のスイスで名指しで1,000マルクの賞金をかけられた父

© 2019, Sommerhaus Filmproduktion GmbH, La Siala Entertainment GmbH, NextFilm Filmproduktion GmbH & Co. KG, Warner Bros. Entertainment GmbH

 ここではアンナという名で描かれるジュディス・カーがベルリンを離れたのは1933年2月、9歳のときだった。前年7月の国会選挙でナチ党がドイツの第一党となり、翌1933年1月、アドルフ・ヒトラーがドイツ首相に任命されたことで、彼らの政治姿勢を絶えず批判してきたユダヤ人演劇評論家の父にいよいよ危険が迫ったためである。

 

 着の身着のままで一家が向かったのはスイス。アンナは徐々に村の生活になじんでいくが、中立国であるスイスはヒトラーを刺激したくない。父に仕事のつてはどこにもなく、それどころかヒトラーから名指しで1,000マルクもの賞金をかけられる始末。やがて一家は一縷の望みを頼って、ユダヤ人主導の新聞社があるパリへと向かうことになる。

 

ユダヤ人の少女アンナの目を通して描かれた当時の学校生活は?

© 2019, Sommerhaus Filmproduktion GmbH, La Siala Entertainment GmbH, NextFilm Filmproduktion GmbH & Co. KG, Warner Bros. Entertainment GmbH

 もともとジュディス・カーが自身の8歳の息子に当時の歴史をわかりやすく伝えるために書かれたという原作ゆえに、映画にも少女の目を通した情景が優しく刻まれている。父親をめぐってのきな臭い時代背景も幕間ににじむが、どちらかといえば思春期映画の味わいが先に立った。

 

 スイスでは自然の中でヨーデルの歌唱や舟遊びが描かれ、アンナは同級生の男子から好意の裏返しのイタズラも受ける。フランスの安いアパートに生活の場が移れば、アンナはソファベッドを見て「魔法のソファだ!」と喜び、フランス語に苦労する小学校でも作文コンクールで持ち前の文才を発揮する。

 

 とかく第二次世界大戦を背景としたユダヤ人の物語となると、ヒトラーによるホロコーストをはじめとする悲劇的な事件の映像化が多い。刺激的な題材の方が興行的にもアピール度が大きいためだろう。その意味では、どこか悲惨さから遠く、むしろ明るい。

 

ドイツ人の手によって映像化されたユダヤ人一家の彷徨

© 2019, Sommerhaus Filmproduktion GmbH, La Siala Entertainment GmbH, NextFilm Filmproduktion GmbH & Co. KG, Warner Bros. Entertainment GmbH

 そんな希望の空気が漂う本作品は、ユダヤ人の受難を描く物語として異彩を放っているといっていい。裏返せば、『アンネの日記』(1959)や『シンドラーのリスト』(1993)のような強制収容所絡みの作品を期待すると肩透かしを食うことになるといえる。

 

 そもそも、ジュディス・カーがフランスからイギリスに渡ってきたのは1935年のこと。ナチス・ドイツのポーランド侵攻は1939年9月であり、ニュルンベルク法の制定も1935年9月。

 

 したがって、映画『ヒトラーに盗られたうさぎ』(2019)におけるアンナの時代というのはユダヤ人殺戮が本格化する前夜の物語であり、悲惨な描写がないのも当然だろう。それでも、この時代のユダヤ人一家の彷徨がドイツ人の手によって映像化が果たされるというのは、それだけで貴重である。

 

アカデミー賞受賞監督が描く「故郷」を求め漂白するユダヤ人の「運命」

 

  

 監督のカロリーヌ・リンクはろうあの少女の物語『ビヨンド・サイレンス』(1996)で注目され、やはりユダヤ人迫害を少女の視点で描いた『名もなきアフリカの地で』(2001)を撮っている。

 

 後者の舞台は1938年、ケニアに移住したユダヤ人一家の苦難と結束を描き、第75回米アカデミー賞の外国語映画賞を獲得したわけだが、この女性監督にとってもジュディス・カーの物語は「補完」すべき事実の記録だったのかもしれない。

 

 劇中、アンナは自分の家を持ちたいとの旨を切実に語る。太古から「故郷」を求めて漂白するユダヤ人の「運命」を、そんな少女の無垢の奥に重ねることも可能だろう。

 

 20の言語に翻訳された原作小説の著者ジュディス・カーは2019年5月22日、映画の完成を見ることなく、95歳で世を去った。題名にある「うさぎ」とは、アンナが国外脱出の折、愛着を持ちながらも持ち出せなかった人形のこと。うさぎといえば、日本にも東京大空襲を描いた『ガラスのうさぎ』(1979)なる反戦映画の名作がある。

 

 

【映画情報】

全国順次ロードショー中

『ヒトラーに盗られたうさぎ』

監督/カロリーヌ・リンク 脚本/カロリーヌ・リンク、アナ・ブリッゲマン 原作/ジョディス・カー 出演:リーヴァ・クリマロフスキ、オリヴァー・マスッチ、カーラ・ジュリ、時間/119分 製作年/2019年 製作国/ドイツ

 

公式サイト

https://pinkrabbit.ayapro.ne.jp

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