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古墳のプレハブ工法?―謎だらけの中、推理してみた

[入門]古墳と文献史学から読み解く!大王・豪族の古代史 #020

だんだんと古墳の石室がプレハブ化した

石舞台古墳石室入り口と筆者

 1960年ごろから本格的に実用化されたのが住宅のプレハブ工法で、住宅も工場で生産されるようになってきました。

 

 ところが1400年ぐらい前から、すでに古墳の石室がプレハブ化していたというと驚かれるかもしれませんが、実は実用化されていたといえるのです。

 

 古墳時代はおよそ400年間あったとされています。

 

 超巨大な王墓は5世紀前後に造営されますが、その後の7世紀ごろからは古墳石室の設計が大きく進歩します。今回は進歩した石室工法についてお話ししましょう。

 

 巨大な石室を観察しようと思えば明日香(あすか)村の石舞台(いしぶたい)古墳が最適です。蘇我馬子(そがのうまこ)の巨大方墳だと考えられますが、古墳本体の封土がすべて失われていますので石室の天井石などが露出していて見る人を圧倒します。羨道(せんどう)から玄室(げんしつ)内部も公開されていますので、石室の中からも巨大な石組や排水施設などが観察できます。こんな大古墳を造るには大変な労力と日数が必要です。

鬼の雪隠 石室部分

 やがて古墳もコンパクトになっていきます。そのうえ石室も大きな岩をくり抜いて造る技術が開発されます。それを観察するには、やはり明日香村の鬼の雪隠(せっちん)・鬼の俎板(まないた)が最適です。

 

 石室は床石を成型(せいけい)して据え付け、そこに壁と天井が一体のカプセルのようにくり抜いた上部をくっつけます。まさに現代のプレハブ工法のような石室です。

 

 ところがどういうわけか上部のカプセル型石室が丘の下に転げ落ちてひっくり返っています。それが巨大な便器のように見えるので、鬼の雪隠と呼ばれます。丘の上の床石は巨大な俎板のようなので鬼の俎板と呼ばれます。

鬼の俎板 石室床部分

 すると伝説が出来上がり、このあたりに住む大きな鬼が、旅人を捕まえて俎板で料理をして食べて、その後雪隠で用を足した・・・。なんてことになります。

 

 しかしこれは古墳の石室が分離してしまった痕跡なのです。

 

 もっと巨大なプレハブ工法で作られているのが牽牛子塚(けんごしづか)古墳です。これはツインルームですからはるかに巨大です。

 

 そもそもそんな巨岩がどこにあったのか?あったところに古墳を造ったのか? いや、古墳造営の場所に運んで来たのか? それは無理なんじゃないだろうか! などと謎だらけです。

 

 古墳は当時の権力者の生前の権力や威光を顕彰して造られたのだと考えるべきでしょう。

 

 しかし、さまざまな時代のさまざまな事情で薄葬令(はくそうれい)という、こじんまりした、労力を少なくした墳墓を造りましょうという命令が何度も出されます。さらに造営技術も大きく向上しますので、より合理的でコンパクトな古墳が作られるのです。火葬されるようになるとさらにコンパクト化が進み、より丁寧に美しく古墳が造営されます。

 

 今、明日香村では牽牛子塚古墳の再整備が行われています。丘の上に咲いた朝顔の花のような姿が再現されるのでしょう。楽しみです。

牽牛子塚古墳の失敗作か?益田岩船(ますだいわふね)

(次回に続く)

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柏木 宏之(かしわぎ ひろゆき)
柏木 宏之かしわぎ ひろゆき

1958年生まれ。関西外国語大学スペイン語学科卒業。1983年から現在も毎日放送アナウンサー、ニュース、演芸、バラエティ、情報、ワイドショー、ラジオパーソナリティ、歴史番組を数多く担当。現在、アナウンサーを続けながら武庫川学院文学部非常勤講師、社会人歴史研究会「まほろば総研」を主宰。奈良大学通信教育部文化財歴史学科卒業学芸員資格取得。専門分野は古代史。奈良大学卒論は「日本列島における時刻の掌握と報知の変遷」

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