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戦後の満州で起きた集団自決、ソ連兵は「女を出せ」と要求… 命がけで本土に戻った女性へのむごすぎる「処分作戦」とは


■祖国を目指すも、ソ連軍の兵士が「女を出せ」と要求し…

 

 昭和20年(1945年)815日、日本は「ポツダム宣言」を受諾し、「第二次世界大戦」の敗戦国となりました。しかし「ポツダム宣言」には「軍隊は完全に武装を解除せられたるのち各自の家庭に復帰」と謳われていても、戦時中に満州(中国東北部)に移住していた一般人の処遇についてはひとことも触れていないのです。元「開拓民」は自力で、なんとか日本にたどり着くしかありませんでした。

 

 昭和8年(1933年)の「満州国」建国以来、当地を支配していた関東軍(かんとんぐん)は入植者を募集しており、農村の貧しい家庭出身者を中心とした男女が現地入りを果たしました。

 

 満州国は「五族協和(日本人、漢民族、朝鮮人、蒙古人、満州人が協力し合う)」理想社会という触れ込みでしたが、実際は一部の日本人による専制支配が横行し、戦時中に痛めつけられた現地人たちによる報復が、戦敗国の棄民となった満州移民たちに襲いかかったのです。日本の敗戦によって、かつての「開拓民」は、戦時中に意識的・無意識的に迫害してきた現地の人々から公然と「侵略者」としてみなされるようになりました。

 

 ドラマでは軍人が横柄に振る舞う姿が描かれがちですが、満州では日本人女性の一部も傲慢な態度を現地の人々に対して取り、暴力を振るうケースさえありました。昭和15年(1940年)、早稲田大学の学生だった久保田国久さんは、将校の人員が足りないといわれる中、将校となる訓練を受けて満州に入ったそうです。

 

 久保田さんの主な任務は、中国人のフリをしての現地調査でした。ある時、貧しい中国人の扮装の久保田さんが二等車に乗り込もうとしたのを見た看護婦の日本人女性が、「ニーブシン(=你不行/お前はダメだ)」といって、彼の額を跡が残るほどの勢いで蹴り飛ばしたそうです。ほかにも市場の中国人物売りに扮していたときの久保田さんは、忙しくしているときを狙った日本人女性たちが「スイカ十銭」と書いてある値札を無視し、「一銭か二銭」しか置かずに商品を持ち去る姿も目撃しています。

 

 まぁ、こんなことは日常茶飯だったはず。敗戦で関東軍が逃走し、誰からも満州で守ってもらえなくなった日本人移民たちが苦労するのは目に見えていました。ソ連軍の侵攻も悩ましい事態でしたが、「生きて捕囚の辱めを受けず(=捕虜になるくらいなら死ね)」と教えた日本陸軍の「戦陣訓(せんじんくん)」もあって、多くの移民たちが生きることを諦め、自害を遂げていきました。

 

 しかし福島県に生まれ、「大陸の花嫁」として満州に向かった根津マツさんによると、開拓団に潔い自決を説いた10人ばかりの関東軍は、まだ結婚していない若い娘や、子どもがいない既婚女性たちを連れて「逃げていった」そうです。

 

 そんな関東軍の命令でも遵守しようとした開拓団では、全員が焼身自殺したケースも……。根津マツさんが属する開拓団では、指導者格の男性が理性的で、なんとか死を免れたといいます。しかしその後、二人の子連れの未亡人だった根津さんは開拓団の他のメンバーから取り残されることになり、とある中国人男性に金で買われ、彼の妻になる道しか選べなくなりました。

 

 昭和17年(1942年)4月に渡満していた栃木県出身の古田土キイさんも敗戦後、集団自決を免れた一人でした。しかし、古田土さんが生き残った「北学田開拓団」の人々と汽車で脱出しようとしていると、侵攻してきたソ連軍の兵士から「女を出せ」と、汽車を動かす見返りを要求されたのです。

 

 古田土さんたち一行には、満州で芸者をしていた女性たち15名が混じっており、ソ連軍の兵士たちの犠牲となったのは、すべて(元)芸者だったそうです。当時は現在以上に「水商売」と「堅気」の女性が区別され、前者は差別されていました。芸者たちは犠牲となるしかなかったのでしょう。

 

 ほかにもソ連軍から暴行を受けるなど、目をそむけたくなるような経験をした女性たちも大勢いました。しかし死ぬ思いで中国大陸から博多港まで戻ってきた、彼女たち「大陸の花嫁」たちを迎えたのは、当時の厚生省による残酷なお達しでした。

 

 狂犬病の可能性がないかの尋問には仕方ない部分があるにせよ、「日本民族の防衛」の観点から「異民族のタネ」や「外国の性病」を宿している可能性がある女性は入港地で処分しろという“作戦”を承った現地の医師たちが「何か心配なことはありませんか」などと親切を装いながら、現地でのあれこれを聞き取りしたそうです。そして、不幸にして該当してしまった女性は「二日市保養所」に送られ、堕胎手術を受けさせられたのでした。

 

 関東軍とマスコミが作り上げた「大陸の花嫁」という、実態のない夢を見させられた女性たちが支払った代償はあまりに大きかったのです(以上、陳野守正『「満州」に送られた女たち――大陸の花嫁』梨の木舎から)。

『満洲国現勢 康徳2年版』より「日満婦女會發會式」/国立国会図書館蔵

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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