朝ドラ『あんぱん』別に衣食住に困ってないが戦友に誘われて… “二重に稼げる”廃品回収の仕事が人生を変えた
朝ドラ『あんぱん』外伝no.49
NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』は、第14週「幸福よ、どこにいる」が放送中。のぶ(演:今田美桜)は、高知新報の新人記者として、東海林(演:津田健次郎)らと共に奮闘する。一方、復員してきた嵩(演:北村匠海)は、辛島健太郎(演:高橋文哉)や今野康太(演:櫻井健人)と一緒に米軍の駐屯地を対象にした廃品回収の仕事を始めていた。これもやなせたかし氏の実体験に基づくエピソードである。
■故郷に戻るも、思考力が低下して自発的に動けない……
昭和20年(1945)8月15日、正午の玉音放送で、ポツダム宣言の受諾と日本の降伏が国民に公表された時、やなせたかし氏(本名:柳瀬 嵩)は、中国にいた。その後は復員船の順番を待たなければならなかったが、現地住民との関係も良好で、備蓄されていた食材が大量にあり、衣食住にまったく困らない平和な日々だったという。
嵩さんたちの部隊に復員船の順番が回ってきたのは、終戦から約7カ月が過ぎた昭和21年(1946)3月のことだった。上海を出た船は佐世保に到着。そこから嵩さんは故郷の後免町に戻った。戦後の混乱が続くなかで生存も帰還も知らせることができなかったため、家で出迎えた伯母のキミさん(叔父・寛さんの妻)と叔母の繁以さん(寛さんや清さんの妹)はその姿を見るや泣き崩れたという。
それからの嵩さんは、しばらく茫然自失の毎日だったそうだ。思考力が落ちて自分で考えることができない。そして命令をされなければ動けない状態になっていた。その頃のことを著書では“復員ぼけ”や“敗戦ぼけ”と言い表している。凄惨な戦争はこうして人々の心にも大きな爪痕を残したのである。
幸い、空襲で焦土と化した高知市内と違って、後免町は大きな被害がなかった。また、柳瀬家はカボチャなどを栽培しており、親戚宅に行けば米も手に入った。食べ物にはさほど困らなかったようである。大黒柱だった寛さんは既に亡くなっていたが、嵩さん自身も復員した時にこれまでの軍からの給与や除隊の一時金を受け取っている。さらに、柳瀬家には高く売れる衣類が山のようにあったため、それを売って金にし、家族全員が大した不自由なく食べていけるだけの収入を得ていた。
衣食住にも困らず、ぼんやりとした日々をおくっていた嵩さんに声をかけたのが、共に復員した戦友の1人だった。「廃品回収の仕事を手伝わないか」という誘いに、することもなかった嵩さんは乗ることにした。
仕事内容は、米軍の駐屯地を回って廃品を回収するというものだ。現在でいう粗大ゴミの回収のように有料で請け負っていた。そして、そのなかから使えそうなものをピックアップし、商品として売ってさらにお金を儲けるのである。衣料品もあれば、ビン類や金属類などもあった。そのまま販売できるものはして、ビンは水筒に、金属類は鍋などにリメイクして売ったという。米兵から受け取る“回収手間賃”とリサイクル品販売の儲けが手に入るので、一石二鳥の仕事だったようである。
時には米兵が読んでいた漫画や書籍、雑誌を回収することもあった。そして、見慣れない異国の美しいデザインや綺麗な装丁、雑誌広告のデザインのセンスなどに惹かれた嵩さんのなかに、再び絵やデザインといったクリエイティブな仕事への意欲がわいてきたのである。そしてこの出来事が人生を大きく変えるのである。

イメージ/イラストAC
<参考>
■やなせたかし『ぼくは戦争は大きらい: やなせたかしの平和への思い』(小学館クリエイティブ)』
■やなせたかし『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)