「日本史は最低限の教養」日本一生徒数の多い社会科講師・伊藤賀一先生が考える歴史を学ぶ意義
人生の先輩から学ぶ歴史攻略法
全国の書店やAmazonにて好評発売中の『歴史人Kids』vol.1の読者アンケートで最も「おもしろかった記事」に選ばれた特集『織田信長のすべて』で執筆・監修を担当した人気社会科講師の伊藤賀一先生にご自身の半生を踏まえながら、そこに込めた想いを語って頂きました。PRTIMES STORYに入りきらなかった熱い想いを歴史人Kids WEBにてお届けいたします。
多くの子どもたちにとって、歴史は「学校の1教科」であり、「しかたなく勉強するもの」という認識は知らないうちに固定されています。歴史人Kidsでは、歴史を楽しく「遊べるもの」として、子どもたちが自然に接することのできるコンテンツの1つとして、雑誌『歴史人』を発売しました。
読者アンケートの結果、「おもしろかった記事」No.1に選ばれたのは『織田信長のすべて』!
この記事を執筆・監修し頂いたのは、〝日本一生徒数の多い社会科講師〟として大人気の伊藤賀一先生。

伊藤賀一先生
プロレスのリングアナウンサー、ラジオパーソナリティ、シニア施設での授業など多彩な顔をもつ賀一先生が常に軸としている「社会科講師」を目指したきっかけや大切にしていること、そして歴史学から学べることをお伺いしました。
複業は、ネタ集めと教え子たちへ人生をかけて証明するため
―なぜ賀一先生は、〝教師〟ではなく〝講師〟という道を選択したのですか?
「最初はテレビドラマの影響で、教員志望でした。
とても真面目な性格の従兄弟が教員をやっている姿をみていて、自分は自由に生きていきたいタイプということもあり、教員に向いているタイプではないと迷いが生じました。
関西人あるあるなのですが、喋ることが好きだったので、お笑い芸人になろうと思った瞬間もありました。ところが、中学2年生の時にあまりにもすごい芸人さんが登場したことで「これは無理だ」と判断しました。それが、ダウンタウンの松本さんです。彼を見た時に、同世代の関西のおもろい人を集めた時に一番になる人だと確信し、また夢について悩み始めました。
それがちょうど高校2年生の時で、この頃初めて予備校に通いました。この時、予備校講師は学校の教師とお笑い芸人の間くらいの仕事だと、最初の授業を受けた時に一発で感じ取り、そこで予備校講師になることを決めました。親も覚えているというくらいの紛れもない事実です。講師という夢をもったことで、ローカルの講師では意味がない、東京で勝負する!という決心から東京の大学を受験しました。
僕にはもう1つ、『物書きになりたい』という夢がありました。
講師という職業は、文学賞などを獲らなくても、問題集や参考書を通じて出版業に携わる人々と出会う近道だと考えました。さらに、出版社には学習教材だけではなく、一般書籍を扱う部署もあるだろうと考え、この人の繋がりで物書きという夢を叶えられると考えたうえでの講師という選択に至りました。
新選組のお膝元である京都市中京区の壬生出身ということから、歴史がとても身近かつ得意だったので、社会科というところまで決まっていました。
今まで、第1次産業から3次産業まで幅広い職種を経験してきたのは、講師と物書きになった時のネタになるからです。
僕は学部卒で、博士号をもっている歴史の先生たちと同じ売り方をしていても絶対に敵わない。
だからこそ、総合力で勝負しています。特技や趣味を何か1つに絞らなくても食べていくことができるんだということを教え子たちのために証明しないといけないと思っています。」
講師を軸とした超一流のひとりエンターテイナーとしてInteresting+Funnyを大切に
―現在地において、講師をするうえで最も大切にしていることは何ですか?

「〝見られる側〟という意識を強くもって仕事をしている」と語ってくださった伊藤賀一先生
「世の中の仕事は〝見る側〟と〝見られる側〟の2つに分けられると考えます。
僕は講師という見られる側の職業を選択したので、僕がどう思うかよりも見る側がどう思っているのかが大切だと考えています。時間とお金を使って頂いているからこそ、結果としてその時間が楽しかったと思って頂けるような、お客様ファーストでないといけないという想いでやっています。
しかし、僕の授業は「InterestingよりもFunnyの要素が強すぎる」と批判されることもあります。でも、そもそもInterestingの要素は、研究者が突き詰める部分であり、教科書や教科の内容にあると考えています。僕の授業をわざわざ受けてくれる人はInteresting+Funnyを求めていると思うし、2つの要素が合わさったことで〝おもしろい〟になると思っています。常に、職業意識を強くもって授業に望んでいます。
様々なことにチャレンジしていくのも、その要素の1つです。今春も公言して大学受験するのですが、見ている人からしたら、落ちたら落ちたでまたおもしろい。受かったら受かったで、みんなが褒めてくれる。それは見られる側の仕事であるという意識を強く持っているからこそだと思います。
また、どこで誰が見ているのか分からないので、毎日スーツを着ています。
偶然出会った誰かは、僕のことをリアルで見るのが一生に一回かもしれないですよね。その時には、ちゃんとした格好をしていたいので、どんなに暑い真夏でもジャケットは脱ぎません。だって、僕自身が〝商品〟なので。
でも、価格交渉は人生で一度もしたことがありません。
値札はお客様が決めるものだと思っていますし、気に入らなければ次に繋がらないだけ。今の仕事の半分も、チャンスをくれたと思っているので、ノーギャラからスタートしました。そこから僕が発展させれば良いだけで、結果が出れば必ず値段は上がっていきます。
数多いる人の中で見つけてもらって、声をかけてもらっただけで、めっちゃ嬉しくないですか?」
日本史は最低限の教養、世界史は相手を傷つけないために学ぶ
―今回の執筆にあたり乗せた想いなどあれば教えて下さい。
「安心して歴史から刺激を受けて欲しいです。
作家の人はエンターテインメントの視点、博士号をもっている人たちは史料に基づいた視点など、それぞれ見る人の立場によって見方が違いますよね。僕の50年の人生の中でだって、教科書に書いてあることが『実は嘘でした』ということが何度もありました。
だけど、誰がどのように評価をしようが、起きた事実は絶対に変わりません。
だから、先人たちから刺激を受けることが全てだと思います。織田信長の人生が本当に教科書通りだったかは分からないけど、信長の良いところから刺激を受けて、ダメなところは反面教師にすればいいのかなと思います。
刺激を受けるだけなら、架空の人物やキャラクターでも、良いとは思うんですけどね。ではなぜ、日本史を教えているのかというと、日本に生まれ住んでいて、日本史を学ぶことは相手に受け入れてもらうための、最低限の教養だからです。
織田信長や卑弥呼が誰でいつの時代の人かを知らないと、教養のレベルを疑われて、相手からそれ以上の話をしてくれなくなってしまいます。相手にしてくれない=黙って人が離れて行ってしまうというのはとても怖いことだと思います。
一方で、世界史を学ぶことは相手を傷つけないためだと思っています。
例えば、イスラーム教徒のサウジアラビア人と遊びに行って「ポークカレーを食べに行きましょう!」というのはとても失礼なことですよね。相手の国の誇りや歴史があるし、日本人同士だって推しがいるとか、お酒が好きとか、一人一人に趣味があるじゃないですか。相手を傷つけないために自己紹介をしなければいけない、そのために必要なものだと思っています。
世界中の大学の基礎科目に歴史と哲学は入っています。つまり、歴史を学ぶことは当たり前のことなんですよね。これを声に出して言わなくてはいけないところが、ちょっと日本の面倒くさいところだなと思いますね。
さらに、日本では副教科として扱われている、めちゃくちゃ主要科目なのに。社会科と理科を学ぶ道具として、英語・国語・数学の能力を身につける必要があると思っています。
学校の学びにおいては、英・国・数が重視されているけど、最終的にみんな社会科と理科で勝負していくわけです。それを分かっているから「受験では英国数中心で勉強して、歴史は趣味でもいいよ」と伝えています。
「ただ、大人になったら違うから」と。その感覚を伝えるためにも歴史を学ぶことが楽しくないといけないと思っています。主要科目で同じことをやっていたら、楽しんでいる場合じゃないと親御さんは焦りますよね。そういう意味でも、社会科は〝可能性のある科目〟だと思っています。」