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「はてなの茶碗」〜土器にまつわる噺は、展開も“どきドキ”!〜

桂紗綾の歴史・寄席あつめ 第25回


縄文時代から存在した土器。それは現代にいたるまで茶碗などに進化して私たちの身近なものとして存在し続けている。ここでは日本人の暮らしを支えた土器について、大阪・朝日放送のアナウンサーでありながら、社会人落語家としても活動する桂紗綾さんに楽しく語ってもらった。


 

東京都中野区弥生町にある中野新橋駅。東京23区内には弥生時代の遺跡が見つかる場所がいくつかあり、地名の由来となっている。

 

 縄文時代・弥生時代は、その時代に作られた土器の名称から各々名前が付いています。〝縄目の文様〟が特徴的で、人々の暮らしを大きく進歩させた縄文土器。東京府本郷区向ヶ岡〝弥生町〟(現、東京都文京区弥生)で出土し、シンプルながらも実用的な弥生土器。土器は、それらの時代を考察するのに重要な史料であり、人類を支えてきた身近な存在です。

 

 現代、皆さんが手にし、お茶を飲んだりご飯をよそったりする〝茶碗〟は、土器から進化した陶器がほとんど。落語が生まれ広まった江戸時代でも、茶碗は生活に欠かせないものでした。落語の演題に茶碗が付いているネタもある程です。『猫の茶碗』は、道具屋と茶店の店主が騙し合う噺。『井戸の茶碗』は、正直者の紙屑屋(かみくずや)が頑固な浪人と実直な侍の間に入って右往左往するというもの。何れも茶碗が事件の要因となります。

 

紙屑屋の籠
江戸の町には紙屑を買い集め、リサイクルにまわす紙屑屋という仕事をする者がいた。現在でいうSDGsの精神は江戸の町にもあった。(国立国会図書館蔵)

 

『はてなの茶碗』はこんなお噺です。京都は清水寺・音羽の滝前の茶店でお茶を飲む結城の対を着た上品な初老の男性。京一の茶道具屋の金兵衛さん、通称・茶金さん。空になった茶碗を覗き込んだり、ひっくり返したり…挙句不思議そうに「はてな?」と呟き去る。これを見ていた油屋は、大層価値のある代物に違いないと、店主に全財産の二両を渡し、茶碗を持ち帰る。桐の箱に入れ、更紗の風呂敷で包み、茶金さんの店に持参するが、番頭に鼻で笑われ、腹を立てた油屋は番頭を殴ってしまい、騒ぎを聞きつけた茶金さんが出てきて、茶碗を改める。「番頭が笑ったのも道理、どこにでもある清水焼の一番安手の茶碗。これのどこに五百両や千両の価値がありますか」と言われた油屋は、「こら、茶金!しょうもない茶の飲み方するな!」怒りをあらわに、茶店での件を訴える。すると茶金さんが「ああ…あの茶碗どしたか…傷もなく釉薬に障りもないのに茶碗から水がポタポタと漏りますのじゃ…」茶金さんの衝撃説明に油屋は「ほたらこの茶碗、単なるキズもんでっか〜!?」肩を落とし、身の上を語り出す。遊びが過ぎて大阪の家を勘当され、京で三年。ぼちぼち胸を張って親元に帰りたいが、担ぎの油売りでは儲けも少なく、一獲千金を狙ってのことだった。反省し、番頭にも店員達にも頭を下げる。茶金さんは「私を信用してくれてのこと、商人冥利につきます」と、今後も真面目に働くよう諭し、茶碗を三両で買い取る。

 

〝京一〟は、当時〝日本一〟、高貴な方々にも重宝されていた茶金さん。関白・鷹司政通(たかつかさまさみち)公が「麻呂もその茶碗を見たい」とご所望。中にお湯を入れればやはりポタリポタリ。「面白き茶碗である、ここで一首。〝清水の音羽の滝の音してや 茶碗もひびに 森の下露〟」この噂がお公家さんの間で広がり、遂に帝のお耳にまで。「一度その茶碗が見たい」やはりポタリポタリ。「おもしろき茶碗である」筆をお取り上げになり、箱の蓋に万葉仮名で「波天奈」箱書きが座る。大変な値打ちが付いた茶碗を、大阪の豪商・鴻池善右衛門(こうのいけぜんえもん)が千両で買い取った。

 

 茶金さんは油屋を呼び、事の次第を報告し、五百両を渡す。「半分の五百両は、その日暮らしに困る気の毒な方々に施しをして差し上げたい。もう半分の五百両はあんさんに」「五、五百両!あんたの人徳で出来た金や。わしには関係ない…、え?どうしても?五百両…、せめてここからこの前の三両引いてもろて、四百九十七両…」更にこの前のお詫びに、番頭や店員に幾ばくかの小判を渡し、残りを手に店を出る。数日後、表が騒がしいので茶金さんが出てみれば、大勢が揃いの浴衣に鉢巻姿で「ワッショイ、ワッショイ」と何やら重たそうに担いで来る。先頭で音頭を取っているのは、大阪に帰ったはずの油屋で「茶金さん!今度は十万八千両の金儲けや!水壺の漏るやつ、見付けてきた〜!」。

 

11代鴻池善右衛門
江戸時代の代表的豪商で両替商・鴻池家を創業した人物の名でその名は代々受け継がれた。写真は鴻池家11代当主で、明治~大正にかけて近代日本の商業発展に尽力した善右衛門である。日本生命保険の初代社長。

 

 茶金さんの人柄、実在の鷹司政通や鴻池善右衛門の登場、帝の御威光など、風流さと共に、この噺の壮大さは他に類を見ません。ただ、立川談志師匠の〝落語は業の肯定〟という言葉のように、油屋の貪欲さが『はてなの茶碗』の本線です。更に、ただの茶碗が巡り巡って千両の重さになり人を動かしてしまうこと、実態無き価値や権威主義的エゴに対するアンチテーゼが見え隠れしている気がします。

 

 縄文初期のように人は平等で争いも無く、社会自体も無かった時代から、土器は人々の生活を豊かにし、文化を創り、時代を進めてきました。しかし、文明社会が進化するということは、肥大する欲やとめどない業と付き合っていかねばならないということ。落語を深く掘り下げていけば、そんなところまで語っているのかもしれません。

 

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桂 紗綾()
桂 紗綾

ABCアナウンサー。2008年入社。女子アナという枠に納まりきらない言動や笑いのためならどんな事にでも挑む姿勢が幅広い年齢層の支持を得ている。演芸番組をきっかけに落語に傾倒。高座にも上がり、第十回社会人落語日本一決定戦で市長賞受賞。『朝も早よから桂紗綾です』(毎週金曜4:506:30)に出演。和歌山県みなべ町出身、ふるさと大使を務める。

 

『朝も早よから桂紗綾です』 https://www.abc1008.com/asamo/
※毎月第2金曜日は、番組内コーナー「朝も早よから歴史人」に歴史人編集長が出演中。

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