曹操の魅力は「眉毛」にあり⁉ 60巻の大長編・横山光輝『三国志』は、いかにして生まれたか?
ここからはじめる! 三国志入門 第80回
三国志といえば横山光輝(よこやまみつてる)! そうお思いの方は少なくないだろう。誰もが手にとりやすく入門書に最適。今なお、愛読者を増やし続けている不朽(ふきゅう)の名作。単行本で全60巻(文庫版30巻)、累計発行部数は8000万部を突破(2020年)。来年2024年に生誕90周年を迎える横山光輝の傑作は、いかにして描かれたのか。物語序盤の展開も交え探ってみたい。
■作者自身が語っていた制作の動機

(写真1)希望コミックス版「三国志」(全60巻)のうち、赤い鎧姿の曹操が凛々しい第9巻「曹操の台頭」1976年発売 ©横山光輝・光プロ/潮出版社
三国志漫画の原点として、いまも広く読み継がれる横山光輝『三国志』(横山三国志)。連載は昭和47年(1972)から昭和62年(1987)。足掛け16年にも及ぶ長期連載となった。
横山光輝(1934~2004)は前年まで雑誌『希望の友』(潮出版社)で『水滸伝(すいこでん)』を連載しており、それが終わると、休む間もなく同誌で『三国志』の連載を開始。その動機を、横山本人は生前の対談やインタビューでこう振り返っている。
「子どもの頃から中国文学が好きで、中学1年のころに学校の図書館で読んだ『三国志』が面白くて。なかでも吉川英治(よしかわえいじ)さんの『三国志』がテンポがよく、一番好きでした。漫画家としてデビューした後、12歳年下の弟が大学受験の後に『三国志』を読んで『面白いね』と言った。僕と違って戦後生まれで、戦後の教育を受けた弟が同じ面白さを感じるなら、今の子どもにも通用すると思ったんです」
1955年に『音無しの剣』で漫画家デビューし、以降も『鉄人28号』『伊賀の影丸』『魔法使いサリー』など人気作を連発。そして30代半ばから、まさに満を持して描き始めたのが『三国志』である。
■黄河を眺める劉備、日本版独自のオープニング
物語は、劉備(りゅうび)が黄河のほとりで、じっとその悠久なる流れを眺めているところから始まる。実は、この冒頭は本場の『三国志演義』にはなく、吉川英治の小説が原作だ。史実云々は抜きに、これを最初に絵にすることで、中国大陸を知らない読者をその舞台へいざなったといえる。
また劉備の初恋の相手として登場する芙蓉姫(ふようひめ)や、賢婦ぶりが印象的な劉備の母も、本来の「演義」には登場しない、吉川版で創作された人物だ。「吉川英治さんの『三国志』をもとに書いてるわけで、あの面白さは消したくなかった」という横山の考えからだった。
そんななかでも、ちょっとした違いがある。たとえば劉備の自宅も、吉川版の劉備の家は召使いも抱えているような豪族屋敷のようだった。しかし、横山版では小さなあばら屋で、母子の慎ましさが強調されている。絵にした場合、どうすれば感情移入しやすいかを考えたのだろう。吉川と横山という巨匠が織りなした「日本版三国志」は、こうして形成され、読み継がれてきたのである。
また吉川版には省略された部分もあるため、横山は岩波書店から刊行されていた「演義」など、計3冊ぐらいを見比べていた。それに加え「正史」も参照して年表をつくり、人物の行動や出来事を整理しながら描き進めたそうだ。
ところで当初、中学生ぐらいの読者層を想定して描き始めたというが、しばらくは読者の反応も薄かったという。しかし、単行本10巻が発売されたあたりから、じわじわ人気が出てきた。大人はもちろん、下は小学5年生ぐらいの子供からも感想の手紙が届くようになったという。
第10巻のタイトルは「徐州(じょしゅう)の謀略戦」。勢いを伸ばす曹操(そうそう)と、呂布(りょふ)および劉備の三勢力が徐州をめぐっての攻防を繰り広げていたころ。なるほど、熱い盛り上がりを見せていたころで人気が出るのも頷ける。
■読者投票でワースト・ベスト両方に入った曹操
吉川英治も「物語前半の主役は曹操」と語っていたが、横山も曹操には特別な思いを持っていたようだ。
「描いているうちに曹操が好きになってきたんですよ。なんかこいつ、冷酷なようで冷酷じゃない、案外詩人だなと。それから曹操は悪人に描ききれなくなった。読者のアンケートでもワーストに出てきたかと思えば、好きな人物のトップにも出てくるんですよ」
「俺の言うことは正しい、俺のなすことも正しい。俺が天下に背こうとも、天下の人間が俺に背くことは許さん」(コミックス第4巻)と発した、曹操を象徴する一コマが思い浮かぶ。横山版においても、曹操は単なる悪役を超えた存在になった。
「横山先生の曹操が、ほかの人物と違うのは『眉毛』だと思うんです。スラーッとしていて実に美しいんですよ(笑)。眉毛といえば、昔は少女漫画を描いていたこともあって、貂蝉(ちょうせん)や鄒氏(すうし)の眉毛も美しいですね。それに、睫毛(まつげ)も1本1本丁寧に描き込まれ、とても個性的だと思います」
そう話すのは、長らく横山光輝の担当編集者をつとめた岡谷信明さん(潮出版社)。ストイックに仕事に打ち込む姿勢に強く影響を受けたという。
■巨匠・横山光輝の思い出
「入社してまもなく『水滸伝』を連載中だった横山先生のアトリエにお邪魔したことを昨日のことのように思い出します。先生は当時37~38歳でしたが、すでに独特の風格をお持ちでした。いつも和服を着ていらしたこともあったかもしれません。(このひとが、あの横山光輝か!)と、感激しました」
締め切りは必ず守り、無駄話もほとんどしない。慣れ合いはなく、いつも緊張感を持って接していたという。
「とはいえ、横山先生はとても接しやすい方でした。ただ、私自身が夢中で読んでいた『鉄人28号』など昔の作品の話を振っても、あまり乗ってくれないんです。常にその時の作品に全力を注いでいたからでしょうね。そのため、漫画を印刷する紙質の違い、それによってインクの乗りがどう変わるかなど、常に話題を仕入れてからアトリエを訪ねていました」
連載開始当初、まだ日中国交が正常化する前。参考にするためのビジュアル資料が少ないなか、最初の2年ほどは武器や衣装などは想像で補うなど、手探りで描いていたという。
「新資料を入手したり、正しい情報が得られたりすると、版が改まるたびに修正を加えていました。中国の古典に敬意を持ち、それを日本人らしい絵柄と感性で描いた作品だと思います」と岡谷さんは話す。
以前、韓国で三国志を語る国際シンポジウムがあり、岡谷さんは日本代表として参加。中国や韓国の漫画家や研究者が多数参加したが、いずれの発表でも横山光輝『三国志』の名前が出たそうだ。スタンダードというのは、このことなんだ・・・と改めてその魅力を実感したという。

希望コミックス版 全60巻 表紙を眺めるだけで「三国志」のドラマチックな世界の記憶がよみがえってくる。ほか文庫版(全30巻)や、B5判で読みやすい大判「三国志」(全21巻)など、さまざまな判型で発売されている。©横山光輝・光プロ/潮出版社
「三国志は(諸葛孔明が没するまで)、途中で打ち切ろうという気が起こらなかったですね。結局、三国志っていう世界が好きだったんでしょうね」と横山は生前に語った。連載長期化を、むしろ歓迎していたのかもしれない。当初、月刊誌で32ページで始まった連載だが、次第にページが増え100ページの大連載に。ほかにも多くの仕事を抱えながら、16年間で1度も休載はなかったそうだ。
昭和から平成、そして令和へ。海を越え、本場中国の人々をも魅了する不朽の名作は、そのようにして完成し、読み継がれているのである。(続く)
※取材・文:上永哲矢 主な参考文献/「歴史読本ワールド’91・8 特集諸葛孔明の謎」(新人物往来社)、「別冊宝島412 よみがえる三国志伝説 新しい三国志の未来が見える本」(宝島社)、「横山光輝三国志事典」(潮出版社)、「横山光輝三国志大百科 永久保存版」(潮出版社)