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最強は誰だ! 中国に伝わる「三国24名将」とは!?

ここからはじめる! 三国志入門 第14回

1位は誰もが納得。2位以下は・・・?

 

四川省南充市・万巻楼の外壁にある「呂布」画/筆者撮影

 前回の趙雲(ちょううん)の記事でも挙げたとおり、中国には「三国24名将」という数え唄のようなものがある。「昔からある」と現地で聞いたに過ぎず、出どころは不明であることを前提にお読みいただきたい。

 

「一呂二趙三典韋,四関五馬六張飛,黄許孫太両夏侯,二張徐龐甘周魏,槍神張繡和文顔,雖勇無奈命太悲,三國二十四名将,打末鄧艾与姜維・・・」

 

 というものだ。眺めてみれば、基本的に人物名を一から順番に並べたものであることが分かるだろう。中国人が三国志(演義)の武将を強い順に並べてみた・・・というようなものである。姓だけでも、誰を指しているのかは容易に確定できるから、これを歌の通りに挙げてみよう。

 

1位~3位(一呂二趙三典韋)

呂布(りょふ)

趙雲(ちょううん)

典韋(てんい)

 

3位~6位(四関五馬六張飛)

関羽(かんう)

馬超(ばちょう)

張飛(ちょうひ)

 

7位~12位(黄許孫太両夏侯)

黄忠(こうちゅう)

許禇(きょちょ)

孫策(そんさく)

太史慈(たいしじ)

夏侯惇(かこうとん)

夏侯淵(かこうえん)

 

13位~19位(二張徐龐甘周魏)

張遼(ちょうりょう)

張郃(ちょうこう)

徐晃(じょこう)

龐德(ほうとく)

甘寧(かんねい)

周泰(しゅうたい)

魏延(ぎえん)

 

20位~24位(槍神張繡与文顔,打末鄧艾与姜維)

張繡(ちょうしゅう)

文醜(ぶんしゅう)

顔良(がんりょう)

鄧艾(とうがい)

姜維(きょうい)

 

 以上が、この唄の武将ランキングである。しかし「まさしくこの通り!」と、膝を打つ人は少数派なのではないか。

 

 あくまで「武勇」のランキングであるから、呂布が1位というのは、ほぼ異論はないだろう。関羽と張飛と劉備の3人と同時に打ち合ったり、魏将6人がかりでも討ち取れない鬼神のような強さはズバ抜けている。

 

 ただ、2位、3位が趙雲と典韋で良いかどうかは、意見が割れるところ。一般的なイメージからいえば2位に張飛、3位に関羽や馬超、あるいは許褚(張飛・馬超と互角の実力)が来るのではないだろうか。

 

 実は、その「順当」をわざと外すことこそが、このランキングの「狙い」とも読めるし、クセのあるところだ。

 

 趙雲は一騎打ちの戦績こそ『三国志演義』で最も多いが、その相手は強敵とはいえない武将が多い。夏侯恩(かこうおん)、刑道栄(けいどうえい)など、ほぼ一撃で決着のつく相手ばかりで、文醜などの強敵とは引き分け、晩年は姜維にかなわず敗走する場面も。趙雲が2位であれば、24位の姜維と、それと名勝負を演じた鄧艾はもっと上位でもいい。

 

 3位の典韋は、早々に退場してしまうものの、許褚と互角の勝負を繰り広げたり、死の間際には素手で何十人もの敵兵を相手にするといった超人的な武勇を見せる(この最期は小説よりも『正史』のほうが凄まじい)。まずまず納得いくところだが、彼が趙雲より下で、許褚より上で良いのかは異論の余地もあろう。

 

 11~12位の両夏侯にも「物言い」がつきそうだ。兄貴分の夏侯惇は、確かに関羽と互角に戦う場面や、呂布配下の高順(こうじゅん)を退けるという見せ場もある。

 

 しかし、夏侯淵は楊任(ようじん)と引き分け、昌希(しょうき)を討った程度で、最後は奇襲とはいえ黄忠に一刀で斬られてしまう。夏侯淵が12位なのであれば、張遼と徐晃が勝てなかった文醜あたりが、この位置でも良いように思える。

 

 意外というか、謎な人選としては20位に挙げられる張繡だ。胡車児(こしゃじ)に典韋の武器を奪わせて死に追いやり、曹操を苦境に陥らせるなどの戦功には見るべきところがある。だが、それも軍師・賈詡(かく)の進言あってのことだし、彼自身はどちらかといえば指揮官で、みずから陣頭に立つ場面はなかった。ここに彼がいるなら、曹仁(そうじん)、馬岱(ばたい)、黄蓋(こうがい)といった名前があってもいい。

 

 ・・・つい、釣られたというべきか。いろいろと突っ込んでしまったが、そもそも全員が直接対決したわけでもないなかで「強さ」を決めるのは、きわめて難しい問題である。

 

 たとえば棋士の藤井聡太と大山康晴のどちらが強いか。野球選手のイチローと王貞治のどちらが凄いかを論ずるのと同じようなことなのかもしれない。ただ、こういう不毛とも思える議論を重ねることも、まずまず三国志の楽しみ方としては間違っていないと思えるのである。

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過去記事

上永哲矢うえなが てつや

神奈川県出身。日本の歴史、および『三国志』をはじめとする中国史の記事を多数手がけ、日本全国や中国各地の現地取材も精力的に行なう。著書に『三国志 その終わりと始まり』(三栄)、『偉人たちの温泉通信簿』(秀和システム)、共著に『密教の聖地 高野山 その聖地に眠る偉人たち』(三栄)など。

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