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武田家を滅亡に追いやったのは勝頼ではなく信玄だった!? 家臣団分裂の原因とは?

日本史あやしい話


■父・信玄にまで軽んじられた勝頼の悲運

 

 こうして、勝頼の死をもって武田家は滅亡してしまったのであるが、その最大の要因が、前述したように家臣団の分裂によるものであったことは、多くの識者も指摘するところだろう。

 

 しかし、その分裂を招いたのは、何も勝頼だけのせいだけではなかった。信玄が自ら葬り去った諏訪頼重の娘を古老たちの反対を押し切って側室としたことが皮切りであった。二人の間に生まれた勝頼を後継としながらも、その実、正式には武田姓を名乗らせることなく諏訪姓のままにしたこと、つまり、正式な跡取りとしてではなく、孫の信勝が成人するまでの単なる中繋ぎ状態にしておいたことで、古老たちから軽んじられたからであった。

 

 もちろん、勝頼にも非はあった。第二次高天神城の戦いにおいて、徳川軍の攻撃に晒された高天神城に援軍を送らず、兵士たちを見殺しにしたことで、臣下たちの信頼を失ったことも影響は大きかった。つまり、その責務は、父子共々にあったというべきか。

 

 ともあれ、父である信玄ばかりか家臣にまで軽んじられた勝頼。信長や家康、信玄というとてつもなく器量の大きかった御仁であれば別だったかもしれないが、勝頼にはそこまでの不運を跳ね返すほどの器量はなかった。それが、彼の不幸といえば不幸であった。偉大なる父・信玄と力量を常に比較されるその重圧は想像に難くないが、結局はそれに押しつぶされてしまった…ということだろうか。

「武田勝頼天目山陣取」/東京都立中央図書館蔵

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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