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聖地富士山のふもとの神社で見た珍しい光景、境内のはずなのに「馬」が多すぎてほぼ牧場!? 

神社仏閣好きラノベ作家 森田季節の推し寺社ぶらり【第48回】


 

地元では下浅間と呼ばれている小室浅間神社の鳥居

■富士信仰が息づく聖地を訪ねる

 

 今年は午年ですね。そこで「一富士二鷹三茄子」の富士山とも馬ともつながりのある神社をご紹介します。富士吉田市の下吉田駅の真ん前から南に400メートル歩くと、右手に神社が見えてきます。こちらが目的の小室浅間神社(おむろせんげんじんじゃ)です。富士山周辺には、富士信仰を示す「せんげん」「あさま」という名前が入った神社が無数にありますがそのうちの一つです。

 

 社殿横の、護良親王(もりよししんのう/後醍醐天皇の皇子)の首が根元に葬られているという言い伝えのあるご神木のカツラなどを見学しながら進むと、目の前に牧場(?)らしき施設が。「それって神馬舎(しんめしゃ)でしょ。馬のいる神社なんて各地にあるよ」と思われるかも知れませんが、その時に目に入っただけでも7頭も馬がいたとなると、もはや神馬舎というスケールではありません。馬さんのほうもリラックスしているようで、柵の奥(つまり、参拝者が歩いたりする側)に生えている木の草を首を伸ばして食べていました。目の前に参拝者がいましたが、おかまいなしです。顔が近すぎる馬さんに参拝者も歓声をあげていました。

ポニーや大型の「ばん馬」、在来馬の「木曽馬」などが飼育されている

 もちろん、神社の趣味で馬が飼育されているわけではありません。この神社、「下吉田の流鏑馬(やぶさめ)祭」という山梨県の無形民俗文化財に指定されている行事が伝わっています。山に向かって馬場を駆けるという形態は山の神が富士山に帰ることを表しているそうです。本当に馬と関わりの深い神社なわけですね。

 

 下吉田駅から南に延びる道をそのまま突き進むと、聖地富士山の入り口を示す金鳥居(かなどりい)をくぐり、通りの両側に御師(おし)の屋敷が登場しはじめます。さらに進めば、富士山登山の北側の拠点でもある北口本宮冨士浅間神社のほうに出ますし、まさに富士山へのメインストリートです。御師の屋敷や北口本宮冨士浅間神社の壮麗な社殿も見学して、ぜひ富士信仰を満喫していただきたいです。

北口本宮冨士浅間神社の神楽殿と拝殿

 それと、何度かこの文章で出てきた下吉田駅ですが、この駅は「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」の表紙で使われている新倉山浅間(あらくらやませんげん)公園の最寄り駅でもあります。「そんな公園の名前、聞いたこともないぞ」という方はこの名前で画像検索をしていただければきっと「見たことある!」となるはずです。そう、インバウンド向けのガイドブックで、日本を象徴する写真として選ばれたあの場所です。その影響で、現在、下吉田駅周辺はインバウンドで埋め尽くされています。この特需がいつまで続くのか不明ですが、ここまで突然人気観光地になった場所も珍しいですね。

 

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森田季節もりたきせつ

1984 年生まれ、兵庫県出身。作家。東北芸術工科大学特別講師。京都大学文学部卒業、京都大学大学院文学研究科修士課程中退(日本史学専修)。大学院在学中の2008年、『ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート』で第4回MF文庫Jライトノベル新人賞優秀賞を受賞してデビュー。主な著書に『スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました』(GAノベル)、『物理的に孤立している俺の高校生活』(ガガガ文庫)、『ウタカイ 異能短歌遊戯』(ハヤカワ文庫)などがある。

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