ダッソー社のウーラガンを起点とした最終発展型【ダッソー・シュペールミステール】(フランス)
超音速時代の到来~第2世代ジェット戦闘機の登場と発展~【第13回】
第2次世界大戦末期から実用化が推進された第1世代ジェット戦闘機は、朝鮮戦争という実戦を経験して完成の域に達した。そして研究はさらに進められ、亜音速で飛行する第1世代ジェット戦闘機を凌駕する超音速飛行が可能な機体が1950年代末に登場。第2世代ジェット戦闘機と称されて、超音速時代の幕が切って落とされた。前シリーズに続いて本シリーズでは、初期の超音速ジェット戦闘機(第2世代ジェット戦闘機)について俯瞰してゆく。

フランス空軍1/12戦闘飛行隊“カンブレジ”の塗装が施されたダッソー・シュペールミステール。フランス・アン県ビュジェ所在の第278空軍基地“アルベール・シャンボネ”のゲートガードである。ちなみにアルベール・シャンボネは空軍大佐で第二次大戦中にレジスタンス活動でゲシュタポに処刑された英雄。
ダッソー社はフランス初の国産実用ジェット戦闘機となるウーラガンを開発し、1949年2月に初飛行を成功させた。続いて同社は、このウーラガンを発展させる方向でミステールを世に送り出す。
時代はジェット戦闘機の発展期だったため、ダッソー社はミステールの生産中、同じミステールの名称を与えられたシリーズの機体ながら、性能向上のため、かなり設計変更を加えた型式も生産。
そしてこのような流れにおける最終発展型として、シュペールミステールが開発された。とはいっても、技術的継承こそあるものの、従来のミステール・シリーズとシュペールミステールは別機というべきかなり異なった設計であり、極端にいえば「ミステール」の名称のみ受け継いだといっても過言ではない。
なお、起点となったウーラガンは自然現象の「嵐」という意味だが、ミステールは「神秘」という意味で、ミステール・シリーズに続くダッソー社のデルタ翼ジェット戦闘機シリーズには、「蜃気楼」という意味のミラージュの愛称が付与され、戦闘機の愛称としては幻想的なワードが続けて用いられた。しかし同社は、「突風」という意味のラファールで、ウーラガン以来の自然現象たる「風の名称」を、戦闘機の愛称に用いている。もっとも、蜃気楼も幻想的とはいえ自然現象でもあるのだが。
シュペールミステールは、外観的にはノースアメリカンF-100スーパーセイバーに類似しているが、ダイレクトにF-100 の影響を受けているわけではない。しかし東西冷戦下におけるアメリカとの技術交流もあったので、テクノロジー面で間接的な影響があったことは否めないだろう。
シュペールミステールの初飛行は1954年3月2日で、翌日に水平飛行で音速の突破に成功した。こうして本機は、西ヨーロッパにおける初の量産型超音速ジェット戦闘機となった。
シュペールミステールは、本家のフランスよりも購入したイスラエルにおいて、戦闘爆撃機として実戦で大活躍した。同国はのちに、オリジナルの本機に搭載されていたフランス製ジェットエンジンであるアターを、グラマンA-6イントルーダーやダグラスA-4スカイホークに搭載されていたアメリカ製のプラット・アンド・ホイットニーJ52へと換装している。これには性能の向上に加えて、当時、イスラエルはA-4を多用していたので、メンテナンスの合理化という目的もあった。