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ベトナム戦争で活躍した高性能大馬力戦闘爆撃機【リパブリックF-105サンダーチーフ】(アメリカ)

超音速時代の到来~第2世代ジェット戦闘機の登場と発展~【第12回】


第2次世界大戦末期から実用化が推進された第1世代ジェット戦闘機は、朝鮮戦争という実戦を経験して完成の域に達した。そして研究はさらに進められ、亜音速で飛行する第1世代ジェット戦闘機を凌駕する超音速飛行が可能な機体が1950年代末に登場。第2世代ジェット戦闘機と称されて、超音速時代の幕が切って落とされた。前シリーズに続いて本シリーズでは、初期の超音速ジェット戦闘機(第2世代ジェット戦闘機)について俯瞰してゆく。


計16発もの750ポンド爆弾を搭載して飛行中のF-105サンダーチーフ。ベトナム戦争ではこの大量の爆弾搭載量が高く評価された。

 第二次世界大戦時、リパブリック社はP-47サンダーボルトという大柄で大馬力、兵装搭載量が多く、ヒット・アンド・アウェー式の空戦にも秀でた、戦闘爆撃機的性格が強い戦闘機を生産していた。同社は戦後、第1世代ジェット戦闘機のF-84サンダージェット(サンダーストリーク)を開発・生産したが、自己資金を投じて、かつてのP-47の再来ともなるような、新しいジェット戦闘爆撃機の開発を実施。これをアメリカ空軍が受け入れてセンチュリー・シリーズの1機種、F-105サンダーチーフとして採用することになった。

 

 当時はまだサイズが大きかった核爆弾を搭載するため、F-105は機体が大きく、その機体内に爆弾倉を備えた最初の戦闘爆撃機となった。そして単発ながら、大出力のプラット・アンド・ホイットニーJ75ジェット・エンジンを搭載したおかげで、約マッハ2の最大速度と従来の軽爆撃機を不要とする大量の爆弾搭載量を誇った。

 

 だが高価な機体となったことから、時のマクナマラ国防長官が推進する国防予算削減のための機種統一化によって、海軍機として開発されたマクドネル・ダグラスF-4ファントムIIを空軍も採用することになり、F-105の生産機数は減らされたのだった。

 

 折からのベトナム戦争に投入されると、F-105は戦闘爆撃機としての本領を見事に発揮。爆弾倉内には燃料タンクを増設し、通常の兵装はすべて機外に懸吊装備した。しかし緒戦で北ベトナム空軍のMiG-17に撃墜される事態も生じたが、後に27.5機の同機を撃墜している。

 

 また、このベトナム戦争では特別改造されたF-105が、ワイルド・ウィーゼルと称される敵の防空網制圧任務にも従事。北ベトナム軍のガイドライン地対空ミサイル発射設備やファンソング火器管制地対空レーダーに、対レーダー・ミサイルのシュライクやスタンダードを撃ち込んで破壊している。

 

 だがF-105の損耗は多く、やがて代替の機種として、本機と類似した性能を持ち合わせるF-4が多用されることになった。

 

 なお、F-105は正式な愛称であるサンダーチーフのほかに、搭載する大出力ジェット・エンジンにちなんだサッド、主翼とその付根のエア・インテークがつくる独特の平面形からアイアン・バタフライ、F-105の最後の数字を5セント硬貨になぞらえてザ・ニッケルなどといったあだ名でも呼ばれた。

 

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白石 光しらいし ひかる

1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。

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