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愛する女を「寝取られた」のに、執着して献身的に尽くした中原中也 文学史上最もドロドロな「三角関係」とは

炎上とスキャンダルの歴史


■愛に狂った男女の奇妙な関係

 

 最近、女優・永野芽郁さんが、年上の女性Aさんと長年同棲していた俳優・坂口健太郎さんとも関係を持っているとする三角関係の報道記事が週刊誌を賑わせました。

 

 ひとくちに三角関係といいますが、本当に3人が、正三角形を描くように対等に惹かれ合う関係は稀なのではないでしょうか……

 

 日本文学史上、もっとも有名な三角関係は、大正末~昭和初期の東京を舞台に燃え上がった女優・長谷川泰子、詩人・中原中也、批評家・小林秀雄の物語なのですが、これも要約すれば、中原と長谷川の二人が小林秀雄に執着した記録にすぎません。

 

 興味深いのは、中原と小林がお互いの文学の才能を認め合った仲でありながら、とくに中原のほうが小林に強く執着していたから、彼が愛する女である長谷川を寝取られても、小林を許さざるをえなかったという部分です

 

 のちに宇野千代が「モナ・リザ」に例えたほど、小林秀雄のやさしい笑顔は印象的だったといいますね。そんな小林から「一緒に住まないか」と同居をほのめかされた長谷川は、現在同棲中の中原の意見も聞かず、即断しています。

 

 3歳年下の中原から、重たい愛情と執着の対象にされていた長谷川ですが、彼女にとって、中原を男性として見ることは無理。中原の詩の世界を愛しているだけでした。

 

 だから実際は三角関係というより、長谷川と小林が相思相愛になった時期があり、それに中原が嫉妬しながら、かといって彼も小林(の才能)に惚れ抜いているから、小林に女(長谷川)を奪われたところで、二人と絶交する勇気がなかった関係なんですね。それを何関係と呼ぶべきなのか、筆者にはよくわかりません。

 

 中原の姿勢はあまりに微妙でした。私、小林さんと暮らすわ、などと言い出した長谷川を引き止めもようとせず、気にもかけない下手な演技をして、リアカーに長谷川の荷物を乗せ、小林の下宿まで送り届けるという献身を示し、一人になった後に発狂するのでした。あまりに哀れな中原中也……。

 

 ちなみに日本近代文学史において中原といえば酒乱、酒乱と言えば中原というキャラ付けがなされていますが、70歳になった長谷川の語りを文章化した回想録『ゆきてかへらぬ 中原中也との愛(村上護編・角川ソフィア文庫)』によると、のちに太宰治を震え上がらせた中原名物・カラミ酒がひどくなったのは、長谷川と小林が別れてから。

 

 長谷川は交際0日で同棲開始した小林に惹かれ、のちには惚れぬいて、精神のバランスまで崩してしまったのでした。最終的には「あたしはどこにいるの」と眼前の小林に問いかけ、「妄想の世界」にいる彼女の心にしか存在しない答えを小林が言い当てられないとヒステリーを起こし、「ワーワー」いって暴れまわるのでした(前掲書)。

 

 それでも小林は粘り強く「質問病」の長谷川の面倒を見ていましたが、ある時、長谷川はそんな小林の背中を「自動車の前」へ「突き飛ばし」てしまったのです(大岡昇平『思想』)。長谷川いわく、それは本当は目黒の路面電車で、近くに車両が迫って来ていないときの話だそうですが……。

 

 しかし最終的な決裂は昭和3年(1933年)、居候の分際の長谷川が、家主の小林にキレて「出ていけ!」と叫んだ時でした。そのまま小林は家族にすら何も告げず、身一つで関西滞在中の志賀直哉を訪ねていってしまい、二度と長谷川のもとには戻りませんでした。

 

 小林の失踪に、関係者は焦りましたが、中原だけがニヤニヤしていたそうです。長谷川を取り戻せると中原は信じていたのですが、長谷川は東中野のブルジョワの息子で、左翼活動家の山川幸世という男の愛人となり、彼との間に認知してもらえぬ父なし子を出産……。

 

 それでも長谷川を諦めきれない中原は、生まれた男の子の名付け親となって「茂樹」と命名。母性が薄い長谷川の代わりに世話を焼き始めたのでした。

 

 長谷川いわく、中原の酒乱がひどくなったのもこの頃、昭和5年(1935年)以降の話だそうですが、「アンタのせいだよ」とツッコミせざるをえません。しかもシングルマザーとなったあとも、長谷川の小林への未練は残り続けたのでした。

イメージ/イラストAC

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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