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女優をめぐるドロ沼の「奇妙な三角関係」 肉体関係を恥じる女優、執着する詩人、嫉妬する作家

炎上とスキャンダルの歴史


■大正~昭和初期の男女の愛憎劇

 

 今年5月に俳優・田中圭さんとの不倫疑惑を報道され、炎上した女優・永野芽郁さん。しかし今度は俳優・坂口健太郎さんと、彼が同棲している3歳年上の彼女のAさん、そして永野さんの「三角関係」が報道され、再炎上しているようです。

 

 これを聞いた筆者が「昔もこういう女優がらみの三角関係があったよなぁ……」と思い出してしまったのが、1920年代半ばの大正時代から昭和初期の愛憎劇でした。

 

 こちらの3人の登場人物は、「女優」という肩書で呼ばれがちですが、実際の芸能活動は多くはない長谷川泰子。「汚れちまった悲しみに……」などが含まれた詩集『山羊の歌』で今日でも有名な詩人・中原中也。そして彼の親友で、のちに昭和を代表する大御所批評家になる小林秀雄です。

 

 ちょうど最近、長谷川泰子を広瀬すずさんが演じた映画『ゆきてかへらぬ』が公開されたので、ご記憶の方もおられるかもしれません。しかし映画は、長谷川泰子本人が語った記録をまとめた回想録『ゆきてかへらぬ 中原中也との愛(村上護編・角川ソフィア文庫)』と同名でありながらも、原作に同書の名前を掲げず、つまり完全なフィクションなんですね。

 

 映画『ゆきてかへらぬ』は、長谷川の回想録もこういう夢がある内容だったらよかったのにね……と感じさせる内容でした。

 

 しかしなぜ、現代の坂口さん、永野さん、そしてAさんの三角関係から『ゆきてかへらぬ』を筆者が思い出したのでしょうか。それは、その三人の中心にいるのが坂口健太郎さんという傍目にも魅力的な男性だったからです。

 

史実の長谷川泰子本人が語った内容をまとめた回想録『ゆきてかへらぬ』における三角関係の中心にいるのも、やはり小林秀雄という魅力的な男性でした。

 

 角川ソフィア文庫版の回想録『ゆきてかへらぬ』には「中原中也との愛」というサブタイトルが付けられていますが、これは「ウソ」なんですね。長谷川泰子は、男性としての中原中也に恋愛感情はなかったとバッサリ片付けています。

 

 京都で二人は出会い、ちょうど住む場所を失ったばかりの長谷川が立命館中学の学生だった(3歳年下の)中原の下宿に転がり込み、その見返りに身体を求められ、イヤイヤ応じていたというだけ……という身も蓋もない関係なのでした。

 

 こうして性的な側面はともかく、恋愛という点ではまったく報われない中原だったのに、彼は長谷川を愛し、生涯かけて執着しつづけてしまったのです。

 

 中原と長谷川はその後、東京に上京。あいかわらず引き気味の長谷川に中原は言い寄り続け、同居も継続されました。

 

 長谷川は中原の詩には惹かれ、それを読み、涙を浮かべることがありました。しかしだからといって、中原という男が生理的に無理と感じる彼女の気持ちが変わることはありません。長谷川は中原から身体を求められ、関係を持ったことを恥じてすらおり、中原の家から一刻も早く逃げ出したい一心のままだったそうです。

 

 大きな転機となったのは、盲腸で入院した小林の病室を見舞ったとき、中原・長谷川の双方を知っている小林の妹が発した「中原さんの奥さんがお見舞いに来られました」という一言だったのかもしれません。

 

 長谷川にしてみれば「中原とは結婚していないのに……」という微妙な気持ちが顔に出たのでしょう。小林もそれを聞いて、ひそかに長谷川に惹かれていたものですから、嫉妬がムラムラと湧き上がったのかもしれません。この日、小林は帰ろうとする長谷川を廊下まで見送り、二人きりになったときに「一緒に住もう」と切り出したのです(長谷川の回想録『ゆきてかへらぬ』)

 

 長谷川によると、この時、彼女は小林のことも男性として意識していなかったようですが、同棲が始まると小林が彼女のハートをズキュウウウンと射抜いてしまったのでした。

 

 小林への特別な感情――それはある意味、中原も持っていたものです。小林秀雄の文学の才能に惚れ込んだ中原は、彼と親しく付き合うためだけに、小林の近所に引っ越したほど。こうして始まった三人の関係を、のちに小林秀雄は「奇妙な三角関係」と称しています。

イメージ/イラストAC

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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