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「猫の駅長」と「鬼滅の刃」聖地巡礼の旅 ユニークな猫の電車が走る貴志川線で甘露寺へ

インバウンドから逃れたい! 家族で訪ねる夏の関西歴史スポット


 

和歌山電鐵貴志川線、

猫の駅長・たま電車と甘露寺。

和歌山県(紀の川市)

日帰りコース

各電車の発着時刻はJR阪和線・和歌山電鐵の時刻表をご確認ください 図版:歴史人

■猫の駅長「たま」没後10年を迎えた貴志川線

 

 猫の駅長「たま」がいて、猫のキャラクター電車「たま電」が走る和歌山電鐵貴志川線はローカル鉄道史に残る劇的な復活劇で知られている。開業は大正5年(1916)。以来、沿線の寺社への参詣客を中心に乗客数は順調に伸びたが、1970年代半ばを境に減少に転じ、2004年には事業廃止届を国に提出した。この危機に、地元は「貴志川線の未来をつくる会」を結成して立ち上がる。転機となったのが貴志駅の売店の飼い猫だった「たま」の駅長就任だ。駅長帽をかぶり、乗客の送り迎え、プラットフォームの見回りをする猫のニュースが全国を駆け、海外からも大反響。猫イラスト仕様の「たま電車」をはじめ「いちご電車」「うめ星電車」などキャラクター車両も人気を呼び、貴志川線は見事な再生を遂げた。駅長「たま」大活躍の経済効果は11億円(2007年、関西大学大学院・宮本勝浩教授の試算)にのぼったという。

 

 2015年6月22日、駅長たま死去。訃報は中国・新華社通信、イギリス・BBC、アメリカ・CNNなど海外メディアでも紹介された。たまは貴志駅の名誉永久駅長に就任し、翌年には県の名声を国内外に広めた功績で新設の和歌山殿堂に第1号の殿堂入り。2025年の命日には「たま駅長命日10年祭」も貴志駅のたま神社にてとりおこなわれた。

 

 今も貴志川線は人気路線として健在だ。もともと参詣客向けの電車として発足しただけに沿線には古社寺が多く、近年では甘露寺前駅の近くの甘露寺が、あの「鬼滅の刃」の聖地になった。貴志駅と甘露寺前駅、ローカル鉄道の歴史と新たな話題がクロスする駅物語の地へ、この夏、家族で訪ねてみたい。

 

貴志駅に飾られた猫の駅長たまのポートレート

 

■終点の貴志駅はまるごと「たまミュージアム」

 

 大阪のターミナルJR天王寺駅を出て和歌山駅に到着。9番ホームの貴志川線で、猫イラストを散りばめた「たま電車」が待っている。乗り込めば車内にもドア、窓、ソファにもびっしりと猫。猫のぬいぐるみ、猫の本棚、猫の社内吊りもあって、想像以上の猫づくし。貴志川線の救世主、駅長たまは「たま電」に生きている。発車とともに車窓に広がる田園風景、彼方の山並み。始発の和歌山駅以外の13駅はすべて無人駅。終点の貴志駅までの32分は、のどかの一言だ。

 

 発車から約32分で終点の貴志駅に到着。改札を出ると、構内に在りし日の駅長たまの写真が並ぶ。そのかたわらで、『たまⅡ世駅長』を襲名した「二たま」はお昼寝中。駅長たまを祀るたま神社も駅に鎮座し、金運向上・学業成就・交通安全・縁結びなどのご利益があると聞く。駅舎の屋根の上に耳がピコンと立ち、外観が猫の顔になっているのも面白い。構内にはたまグッズの売店もあり、貴志駅は建物まるごと貴志川線とたまの足跡そのもので、ついた異名が「たまミュージアム駅」。なるほどと頷く。

 

 現在は貴志駅副駅長の「ごたま」もいて、沿線の伊太祈曽駅(いだきそえき)にも駅長「よんたま」がいるそうだ。「たま」とともに復活した貴志川線の歴史に思いをはせつつ、駅ナカのカフェたまで軽く腹ごしらえ。魚肉ソーセージ&チーズ入りのホットキャットとドリンク、クッキーのセットで一息つく。

 

「たま電車」の車体には猫の耳。猫、猫、猫の車内に愛を感じる

■甘露寺蜜璃と大国主神社を結ぶ「大飯」とは?

 

 貴志駅近くの大国主神社に足をのばす。「紀伊国風土記」に大国主命ゆかりの地と記され、嵯峨天皇が神のお告げによって弘仁9年(818)に造営した古社だ。後鳥羽上皇が熊野参詣の途中で当社に立ち寄り、建久6年(1195)には源頼朝によって社殿が再建されたと伝わる。森に囲まれた静かな境内に案内板が立つ。餅で包まれた高さ5メートルの盛物を奉納する10年に1度開催の神事「大飯盛物(おおめしもりもの)」の紹介があり、「大飯」の2文字に、おやっと思った。貴志駅のとなりの甘露寺前駅にある甘露寺(かんろじ)を連想したからだ。

 

 甘露寺は「鬼滅の刃」の恋柱・甘露寺蜜璃(みつり)と同名の寺として、ファンには聖地のひとつに数えられている。甘露寺前駅に恋のおみくじ箱が置かれているのも、鬼滅隊の最高位剣士で恋にときめくキャラでもある甘露寺蜜璃にちなんでのこと。2025年7月から映画『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』も公開中なので、甘露寺訪問はこの夏がぴったりのタイミング。さて、その甘露寺蜜璃は可憐な女剣士だが、じつは力持ちの「大飯」食いなのだった。貴志川線沿線に「大飯」の祭りの古社があるのも縁の不思議というべきか。

 

 甘露寺では魔を払う剣を文字であらわした「利剣名号(りけんみょうごう)」に桜模様のご朱印を授与している。桜餅が好物の剣士・甘露寺蜜璃に想いを馳せつつ、この日の記念にご朱印をいただく。

 

 ローカル鉄道史にユニークな足跡を刻む貴志川線は、猫好き、鬼滅ファンにアピール度満点。家族の会話も弾むはず。和歌山駅~貴志駅の往復は一日乗車券(800円)が割安で、おすすめ。時間にゆとりがあるなら全線・全キャラクター車両(いちご・うめ星など)乗り放題の一日を楽しんではいかがだろう。

 

甘露寺の山門と御朱印。甘露寺の利剣名号は文字の先か? 邪気を祓う剣の形

 

 

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過去記事

本渡 章ほんど あきら

1952年生まれ。作家・古地図コレクター。1996年、第3回パスカル短篇文学新人賞優秀賞受賞。著書に『図典「摂津名所図会」を読む』『図典「大和名所図会を読む』『古地図が語る大災害』『カラー版・大阪古地図むかし案内』『京都名所むかし案内』(以上、創元社)、『鳥観図!』『大阪古地図パラダイス』『古地図で歩く大阪ザ・ベスト10』(以上、140B)など。他に編著『超短編アンソロジー』(ちくま文庫)、共著『飛翔への夢』(集英社)など。

 

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