女性キャストがまったく出ない!? 世界中の戦史を見渡しても「極めて稀な撤退作戦」を、重厚なキャストで見事に描き切った『太平洋奇跡の作戦 キスカ』
◼️脂の乗り切った三船敏郎が主役を務めた傑作
今さら言うまでもなく、太平洋戦争は日本が完膚なきまでに叩きのめされた戦争である。ゆえに、太平洋戦争を描いた日本映画はどうしても暗い内容になりがちだ。「主人公が命を落とす」「大切な人が散っていく」「銃後の人々が辛い目に遭う」そんな話が多い。二度と戦争という過ちを繰り返さないためにも、辛く悲しい内容をきちんと描くことは大切なことではある。だが、全部が全部そんな話だと気が滅入ってしまう。
しかし、本作品は違う。題名に「奇跡」と銘打たれているだけあって、ハッピーエンドで物語が終わる数少ない太平洋戦争モノなのである。
ざっと、あらすじを紹介しよう。
昭和18年(1943)の日本軍の戦況は芳しくなく、北太平洋における占領地であったアリューシャン列島の島々は次々と陥落し、アッツ島玉砕など厳しい状況に置かれていた。アッツ島の隣に位置するキスカ島には守備隊約5200人が残されていたが、日々、米軍の脅威にさらされ、いつ玉砕するか、はたまた餓死するかの瀬戸際に立たされていた。この5200人を見殺しにするわけにはいかない、と撤退作戦が立案される。その司令官として南方からはるばる呼ばれたのが大村少将(三船敏郎)。果たして、撤退作戦は成功するのか―
すでに、冒頭でハッピーエンドと書いてしまっているので、撤退作戦は成功するのだが、いかにして成功に導いたのかが重厚なキャストで描かれるのが本作の最大の魅力である。
主演は三船敏郎。公開当時、45歳。すでに多くの出演作で内外から高く評価され、まさに脂の乗り切った時期である。本作が公開される3ヶ月前に『赤ひげ』(黒澤明監督)が封切られており、その堂々とした立ち居振る舞いは見事なものであったが、本作の大村少将においてもそれは変わらず、まさに司令官と呼ぶに相応しい威厳と優しさが銀幕から溢れ出ている。ちなみに、史実においては「大村少将」ではなく、「木村昌福(まさとみ)少将」であり、この方はカイゼル髭がトレードマークであったが、大村少将はヒゲなしである。
他に山村總、藤田進、志村喬、西村晃、田崎潤、佐藤允、中丸忠雄、土屋嘉男、平田昭彦、久保明、児玉清といった東宝映画常連組が脇を固めているが、戦争映画にありがちなヒロインはおらず、それどころか女性キャストが全く出ていないということも本作の大きな特徴であろう。特撮ファンとしては黒部進、二瓶正也の出演が見逃せない。公開翌年の1966年に2人は『ウルトラマン』における科学特捜隊として地球を守ることになるのである。
他にも童謡「ぞうさん」や混声合唱組曲「筑後川」でも知られる團伊玖磨が手がけた勇壮なマーチ、特撮の神様と呼ばれた円谷英二が苦心して描き出した霧と艦隊の特撮技術、キスカ島の雪景色に見立てた富士山のロケーションなど見どころの多い作品に仕上がっている。
撤退という後ろ向きな作戦ではあるが、その2週間後に上陸した米軍は、アッツ島では「バンザイアタック」してきた日本軍が立ち去っているとは露ほども思わず、約3万5000の兵力で押しかけ同士討ちを演じるなど一杯食わされた形となった。自軍の兵を一人も失うことなく、相手に損害を負わせた、この点においても奇跡と呼ぶにふさわしい。
しかしながら、この奇跡で命を救われた将兵たちも、各々がまた別の戦地へと向かい、少なからず命を落としていることを忘れてはならない。撤退後も、戦争は約2年続くのである。

無人のキスカ島に上陸後、残された犬と一緒に写る米兵。National Archive