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なぜ「さす九」や「九州男児」と言われる? 明治の警察官に「薩摩の出身」が多かったことで「九州の男=威圧的」のイメージに 

今の話題を歴史で読みとく


ネット上でたびたび話題になる「さす九」エピソード。「九州出身の旦那の実家では、女性だけが家事をする」「九州では男性を立てないといけない」など、男尊女卑の価値観が残っているとして九州地方や九州出身者を批判するものが多いのだが、一方で「九州への差別ではないか」と問題視もされている。こうした九州のステレオタイプは今に始まったことではなく、これまでも「九州男児」という言葉で語られてきた。今回は、「九州男児」の由来をさぐりつつ、なぜ九州に特殊なイメージがついたのかを考えてみたい。


 

■「九州は男尊女卑だから、出生率が高い」のウソ

 

「さすが九州」を略して「さす九(きゅう)」。九州を「男尊女卑の根強い地域」として揶揄する差別的な言葉がSNS上で飛び交っている。

 

 SNSが普及する前からも「九州男児」の言いまわしが普通に用いられ「九州男児は亭主関白」などと言われていたから、「さす九」は言い方が変わっただけで、何も目新しい点はないのかもしれない。

 

 とはいえ、九州を男尊女卑の牙城とするかのようなコメントはやはり問題である。「男尊女卑だから子どもが多い」などというのは、明らかに事実に反している。

 

 単純に今の出生率だけを見れば、たしかに沖縄県は1.60、長崎県・宮崎県は1.49、鹿児島県は1.48、熊本県は1.47と、九州勢が上位を独占している(2023年の合計特殊出生率)。その要因について、ネットでは「九州には『男が外で働いて、女は家事をする』という古い家族観が残っているから」とのコメントも散見される。

 

 しかし、高度成長期以前の出生率は「東高西低」だったのだから、出生率と男尊女卑を結び付ける考え方には明らかに無理がある。「東高西低」が最近になって「西高東低」に転じたのであれば、「結婚や出産、子育てをしやすい環境になっている」などと解釈するのが自然だろう。

 

■初期の警察官に「大柄な薩摩出身者」が多かったことで「威圧的」のイメージに

 

 それでは「九州男児」はどうなのか。亭主関白、男尊女卑と並び、質実剛健、頼りがいがある、などのイメージがつきまとうが、なぜ九州の男性にこうしたイメージがついたのだろうか?

 

 この点については、日本近世史を専門とする原口泉(志學館大学教授)が興味深い指摘をしている。明治維新の勝ち組は薩長土肥の4藩だったが、近代的な警察組織を作るにあたり、初期の警察官は薩摩出身者が大半を占めた。

 

 まだ標準語のない時代、彼らがよく口にしたのは、「おい、こら」という言葉。現在は人を叱る時に用いられるが、薩摩(鹿児島)方言のニュアンスとしては「おい、こら」は「ねえ、ちょっと」ぐらいの気さくな呼びかけの言葉にすぎなかった。薩摩出身者としては地域住民に威圧感を感じさせないように配慮していたのだが、本来の意図に反して、恐ろしい印象を与えてしまうことになる。

 

 また、早くから肉食が普及していた薩摩出身者は他と比べて長身の人間が多かったことで、より圧は強かったものと思われる。こうした薩摩藩出身者のイメージがやがて九州全体の典型と見なされるようになり、「九州の男は大柄で威圧的」というイメージが形成されたというのが、原口の立てた仮説である。

 

■戦時中には「東京男児」「奥州男児」もあった

 

「九州男児」の「男児」については、日清・日露戦争時に「日本男児」「奥州男児」「東京男児」など、前線で戦う兵士を鼓舞する意味から新聞・雑誌を飾った言葉に由来する。第二次世界大戦後は軍国主義的として避けられるようになったのだが、なぜか「九州男児」だけは誇らしい言葉として使われ続けたことで残ってしまった。

 

 それにしても、九州は本当に男尊女卑、亭主関白を伝統とする地なのだろうか? 長崎県出身のシンガーソングライター、さだまさしの『関白宣言』が大ヒットしたのは1979年のことだが、彼自身はコンサートの曲間の談笑の中で、「九州男児が亭主関白なんて大うそ。九州の女性が男性を立てるのが上手なだけ」と語っていた。個人的には、さだまさしの見解にこそリアリティーを感じられる。

 

西郷隆盛(『近世名士写真 其1 』)近代日本人の肖像

 

画像出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 (https://www.ndl.go.jp/portrait/)

 

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過去記事

島崎 晋しまざき すすむ

1963年東京生まれ。立教大学文学部史学科卒業。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て、現在、歴史作家として幅広く活躍中。主な著書に『歴史を操った魔性の女たち』(廣済堂出版)、『眠れなくなるほど面白い 図解 孫子の兵法』(日本文芸社)、『仕事に効く! 繰り返す世界史』(総合法令出版)、『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『覇権の歴史を見れば、世界がわかる』(ウェッジ)など多数。

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