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公卿趣味に溺れ、お歯黒をしていた軟弱な肥満大名【今川義元】は実は“軍略に優れ、統治力にも優れた武将”【イメチェン!シン・戦国武将像】

イメチェン!シン・戦国武将像【第13回 今川義元】


今川義元(いまがわよしもと)といえば、織田信長に下剋上を許し、果ててしまった武将というイメージが強い。しかしながら、義元は乱世であった戦国時代に駿河を中心に大きな領地を有し、武勇に優れた、優秀な戦国武将であったという事実は信長に敗れたことで人々の印象から薄れてしまっている。ここでは今川義元の真の評価・姿に迫りたい。


「今川義元 市川九蔵」(東京都立中央図書館蔵)

 今川義元は、格下の織田信長とのたった1度の戦い・桶狭間(おけはざま)合戦で敗れ、首を打たれたことから「軟弱」「惨め」という印象がまといついている。逆に信長は、2万5千という大軍に僅か3千の兵で挑んで勝利したことから、その名声を一気に上げている。あたかも、義元は信長の引き立て役という「割の悪い役柄を」歴史上で演じ続けているようなものである。

 

 そのうえに、義元の軟弱ぶりを示す理由として①足が短くて馬にも乗れなかった②ゆえに戦いにも輿(こし)に乗って出陣した③日頃から公卿風の生活をしており、顔は白く塗り細眉毛、お歯黒を付けていた、などが死後にも取り沙汰された。「そんな軟弱な武将なら、一騎当千の織田軍に負けても当たり前」という評価を植え付けられてしまったのである。

 

 しかし、馬に乗れなかったのではなく、輿に乗れる身分であるというアピールが、出陣の輿であった。当時、輿に乗れるのは特別に足利幕府から許可された者に限られていた。義元は、名もない、位もない、出自もはっきりしない織田信長などという者に「俺はおまえとは違うんだぞ」と、格の違いを示すために輿での出陣をしたのだった。

 

 今川家は、八幡太郎義家(はちまんたろうよしいえ/源頼朝の祖先)の6代の孫に当たる源長氏の2男・国氏に発する武家の名門である。ある意味では、甲斐源氏・武田家よりも格は上位にあった。しかも義元の時代には、駿河(するが)・遠江(とおとうみ)・三河(みかわ)の3ヶ国を治める「太守」であった。また、お歯黒や白塗りも、公家風ということではなく、強い武将としての権威を示すための化粧でもあった。

「東海一の弓取り」とまでその武勇を評された今川義元。(東京都立中央図書館蔵)

  父親・氏親(うじちか)、兄・氏照(うじてる)の没後に起きた内訌(ないこう/跡目争い)・花蔵の乱を勝利した義元には、太原祟孚(たいげんすうふ/雪斎/せっさい)という軍師が付いた。雪斎の導きもあって、所領を拡大し、周辺の(以前は敵国であった隣国)甲斐・武田氏、相模・北条氏との和睦から同盟(甲・相・駿の三国同盟)に進めた義元は、領国の経済政策を推進した。それは楽市楽座を開始したといわれる信長よりも先見性があったことになり、信長がこうした義元の経済政策を模倣したともいえよう。

 

 その手腕として特筆されるのが、駿河の商人たちを束ねる「商人頭」というポストを設けて商人統制を図ったことや、海を使った伊勢との交易を初め、さらには金山開発を進めることによって領国の経済力を大幅にアップさせたことにある。武田信玄なども、こうした義元の領国経営を手本にしているし、義元が経済力を背景に、当時は貧しかった公卿たちを保護・優遇して「今川文化圏」まで作り上げた事も見習っているほどである。

 

 義元を「東海一の弓取り(東海地方の第1級武将)」と呼ぶのも、こうしたいくつかの義元像による。なお、桶狭間合戦で、義元は簡単に織田方に首を取られた訳ではない。『信長公記』では、取り囲んだ織田方の将兵に対して、堂々と抜刀し、最初に斬り掛かった服部小平太の膝を切って倒しているほどであって、決して軟弱な武将としての最期を遂げた訳でではない。

 

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過去記事

江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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