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古代より、墓のない人生は〝はかない人生〟⁉~古典落語『お見立て』から紐解く、日本人の墓への想い~

桂紗綾の歴史・寄席あつめ 第27回


本記事は、大阪・朝日放送のアナウンサーでありながら、社会人落語家としても活動する桂紗綾さんに「歴史」と「落語」をまじえたお話を楽しく語ってもらう記事です。


 

■死を悼み、死者を丁重に葬ることはいつだって変わらない

 

 暑さ寒さも彼岸まで、とは言いますが、今年も残暑厳しかったですね。いわゆる〝お彼岸〟に行われる彼岸会の法要は、日本にしかない仏教行事です。先祖供養のため、一年に二回、春分の日と秋分の日の前後七日間にお墓参りをしたり、仏壇にお供え物をしたり。日本では他にも祥月命日や月命日、お盆等にも墓前で手を合わせ、故人を偲びます。

 

「私のお墓の前で泣かないで下さい」

 

 秋川雅史(あきかわまさふみ)さんが歌ったことで広く知れ渡った『千の風になって』の歌詞冒頭です。芥川賞作家・新井満(あらいまん)氏が作者不詳の英語詩を翻訳したもので、「亡くなった自分は風や光、雪、鳥、星になって、いつだって大切なあなたのそばにいるよ、だからお墓の前で泣いてばかりいないで」という故人からの想いが歌われています。アニミズム的な思想で、遺された人が救われるよう願った曲ですが、「物理的にはもちろん、死者の魂はお墓に眠っている」との心理があるからこその大ヒットだと言えるでしょう。

 

〝墓〟とは遺体や遺骨を納めた場所のこと。日本最古の墓は北海道知内町で旧石器時代のものとして、土を掘った跡が発見されています。縄文時代の墓は住居の側に穴を掘り、屈葬・伸展葬で埋葬しました。弥生時代には墓地が集落の隣接地に形成された上、甕や木棺に遺体を納め、墓の周囲に溝を作り石や壺を飾り始めます。

 

日本の古代の墓(古墳)にあった石棺

 

 墓が主役の時代・古墳時代には、権力の象徴として巨大な墳墓が築かれました。形状は徐々に竪穴式から横穴式に変化し、埋葬品も種類や数が多くなります。そして、奈良時代から中世に至るまで、生活圏と墓地は隔離されます。平城京・平安京では都の周縁に墓地が設けられました。平安時代には仏教の影響で、土葬に加え貴族階級では火葬も行われ、庶民にも納骨信仰が広まった鎌倉時代以降は、火葬と土葬の両方が一般的になりました。しかし、江戸時代には再び土葬メインに戻り、明治・大正と文明開化が進む中で火葬が主流となってきたのです。墓石の誕生は江戸時代。武士の墓で土饅頭に板塔婆や石塔婆が建てられ、その後庶民の墓にも卒塔婆や墓石が建てられるようになりました。

 

吉原の張り見世(国立国会図書館蔵)

 

『お見立て』という落語があります。吉原が張り見世(格子の内側に遊女がずらりと並んで客を待つこと)をしていた時代、客が遊女を選ぶ行為を〝お見立て〟と呼んでいました。花魁の喜瀬川は、野暮で朴訥とした田舎大尽の杢兵衛(もくべえ)のことを疎ましがり、若い衆(わかいし)の喜助に「大尽への恋煩いで私は死んでしまったということにして、お見立てを断っておいで」と言う。あまりにも善良な杢兵衛は、嫌われているとも知らず、夫婦約束までした花魁のこと、おいおい泣きながら、墓参りをするから菩提寺に案内するよう喜助に迫る。困惑した喜助は思わず山谷の寺だと答えてしまい、杢兵衛を連れていく羽目に。適当な寺に入り、良さそうな墓石の前で「これが喜瀬川花魁の墓だ」と、回りを花で埋め、線香を松明のように焚いて墓石を煙に巻く。杢兵衛は墓の前で涙を流しつつ、線香を上げ、手を合わせる。狼煙のような線香の煙と大量の花の間から戒名を見ると、男の名前で古い墓。「これは違う!ちゃんと喜瀬川の墓に連れていけ!」しかし、次は子どもの墓、その次は軍人の墓。さすがの杢兵衛も苛立ち「喜瀬川の本当の墓はどれだ」と詰め寄ると、喜六は「へえ、よろしいのを一つ〝お見立て〟願います」。

 

愛犬のお墓

 

 お墓に行けば故人に〝逢える〟、そんな考えが当たり前のように根付いているからこそ、この落語が生まれました。古の時代、墓は死者の威厳を示すものでした。そして、死者の成仏を願うためのものになりました。更に時代は進み、現代では、遺された人のためにこそ意味を成すものとも言えます。最近ではペットのお墓も立派な造りになり、ペットと一緒に入れる霊園は大変人気のようです。ハムスターの骨壷、うさぎの位牌、昆虫の永代供養等もあります。全て遺された人のためであるからこそ崇高なのでしょう。

 

 時代の流れと共に墓の形も変遷をたどってきましたが、死を悼み、死者を丁重に葬ることはいつだって変わらない、人間の善行なのかもしれません。

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桂 紗綾()
桂 紗綾

ABCアナウンサー。2008年入社。女子アナという枠に納まりきらない言動や笑いのためならどんな事にでも挑む姿勢が幅広い年齢層の支持を得ている。演芸番組をきっかけに落語に傾倒。高座にも上がり、第十回社会人落語日本一決定戦で市長賞受賞。『朝も早よから桂紗綾です』(毎週金曜4:506:30)に出演。和歌山県みなべ町出身、ふるさと大使を務める。

 

『朝も早よから桂紗綾です』 https://www.abc1008.com/asamo/
※毎月第2金曜日は、番組内コーナー「朝も早よから歴史人」に歴史人編集長が出演中。

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