秋津遺跡から出土した縄文期のノコギリクワガタに学ぶ
[入門]古墳と文献史学から読み解く!大王・豪族の古代史 #078
今から2500年~2800年ほど遡ると、縄文時代と弥生時代のはざまにあたる。そのころ日本列島に住んでいた祖先と、今の私たちにはどういう違いがあるのだろうか? その進化について考察してみたい。
秋津遺跡から発見されたユニークな遺物

御所市金剛山中腹から秋津遺跡方面を望む 中央遠目に耳成山今も自然が豊富なこの地域にはクワガタも生きている。(柏木宏之撮影)
国土の7割近くを山地が占める私たちの日本列島は、住むのに便利な平地が限られています。ですからご先祖さまたちも、現代の私たちが暮らす平地や扇状地に住んでいたわけです。すると、時に土の中から想像を超えるものが現れます。
2011年5月24日に奈良県橿原(かしはら)考古学研究所が面白い発表をしました。奈良県御所市(ごせし)には秋津遺跡(あきついせき)という弥生時代初期の広い水田跡が発見されています。今から2500年ほど前の遺跡です。そこから思いもよらないものが発見されたのです。
それは、大きなノコギリクワガタの死骸で、もう少し古い縄文晩期に生息していたものでした。体長63.5mmといいますから、かなり立派な雄のクワガタです。よく残ったものだと思いますし、まさに奇蹟としかいいようがありません。

樹皮の上を歩く、雄のノコギリクワガタ(イメージ)。
やや大きめの雄(オス)ですが、今のノコギリクワガタと何も変わりが無い姿を見せてくれた事は極めて教訓的でもあります。このクワガタは、小川を挟んだ南側の広葉樹林に生きていました。そして大好物のアカガシの木の傍で命を終えたのです。その直後に襲った土砂崩れに埋められ、現代にその姿を蘇らせたということがわかっています。
私たちは普段、縄文時代とか弥生時代とか古墳時代などと、便宜上時代を区分します。
それは政治史区分であったり、文化史区分であったり、風俗史区分などなどで実に多岐にわたります。しかしながら、日本の場合は他国に征服されて旧文化が強制的に駆逐された歴史を持ちませんので、徐々にじっくりと時代は移っていくのです。近年で一番大きな時代変革期は、明治維新や第二次世界大戦終結期でしょうが、住む人間が入れ替わったわけではありません。
こうした背景もあって、私たちの先人たちは、価値観の大転換に徐々に順応してきたのです。そして生活文化や科学技術は、驚くほどの進歩を遂げました。ご先祖様たちは、石器→土器→金属器へと長い時間をかけて道具を進化させ、それに伴って技術を革新し、ついには現代文明を築き上げたのです。今や人類は宇宙へと進出し始めています。
しかしながら脳科学の研究によると、縄文人と現代人の脳には違いが無いそうです。すると、価値観や文明、習慣には大きな違いがあるでしょうが、知的感情の起伏にはおそらく何の違いも無かったと思われます。そう考えると、縄文時代のご先祖様が感じた恋心や哀愁、喜びや悲しみも今の私たちと全く同じだったのかもしれません。
さらに時代を下りますが、万葉歌を解釈すると、現代の私たちにも十分その歌心が通じます。そんなことを考えながら縄文晩期に堂々と生きた逞しい雄のクワガタ君の姿を見ていると、教訓めいた言葉が聞こえるようにも思えます。
「俺たち縄文時代に生きたクワガタの子孫たちも、21世紀という遠い未来で同じ暮らしを続けているんだってな。それは、お前たち人間だって同じなのだよ。2000年や3000年で、何一つ変わったりしないのだよ!」ということです。
縄文人でも現代人でも生き物としての本質は変わっておらず、科学文明に奢(おご)るなと言われたように感じました。
やや感傷的に過ぎるかと思いますが、時に発掘調査の結果出てきた「物」が教訓を与えてくれることがあるように思えるのです。