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「金塊2トン」とともに大西洋に沈んだ「伊号第52潜水艦」の処女航海

海底からの刺客・帝国海軍潜水艦かく戦えり


1990年代半ば、アメリカの海洋研究者でトレジャーハンターでもあるポール・ティッドウェル氏が率いる海洋探査チームから、日本政府に連絡が入った。それは彼らが1995年の初めに、旧日本海軍の沈没艦を発見した、というものである。その艦は、戦略物資と金塊を積んでドイツへ向かい行方不明となった、伊号第52潜水艦(以下・伊52)であった。


伊52型潜水艦(丙型改)の1番艦。航続距離は水上16ノットで3万8892km。赤道上をほぼ1周できるほどだ。速力は水上で17・7ノット、水中は6・5ノット。安全潜航深度は100mという、どれも非凡な数値を誇った。

「大佐殿、自分がロリアンに着くまで、ドイツは持ちこたえられるでしょうか?」

 

 昭和19年(1944)3月某日、第二次遣独(けんどく)作戦を成功させた内野信二(うちのしんじ)大佐の元に、潜水学校時代の教え子であった宇野亀雄(うのかめお)中佐がやって来て、真剣な表情でこんな質問を投げかけてきた。宇野は第五次遣独作戦を命ぜられ、間もなく呉を出港するというのだ。

 

 大戦初期ならば、内野は「不謹慎である」と一蹴したであろう。ところがその頃は、自分がドイツ訪問を成し得た1年前と比べ、欧州の戦況は著しくドイツ不利に傾いていた。そのため、内野は答えに窮(きゅう)してしまう。

 

 先行きに一抹の不安を抱きつつ、伊52はドイツからの技術導入と、ドイツへの物資運搬という目的を果たすために、3月10日午前8時50分に呉(くれ)を出港。昭和18年(19431218日に就役した伊52にとって、これは処女航海であった。3月21日にシンガポールに到着すると、ドイツが求めていた戦略物資の錫、モリブデン、タングステン、ゴム、キニーネ、カフェイン、アヘン、さらに報酬のため146本の金の延べ棒(約2トン)を積み込んだ。

 

 4月23日にシンガポールを出港。ペナンの潜水艦基地司令部に立ち寄った後、一路ロリアンを目指しインド洋を南下。5月20日頃に喜望峰を周り大西洋に入っている。そして6月4日には赤道を通過。航海は順調であったが、6月6日に宇野が懸念していた事態が勃発する。連合軍がノルマンディーに上陸したのである。

伊52と海上で会合することとなったドイツ海軍潜水艦U530。伊52と無事に会合すると、逆探と3人のドイツ軍人をゴムボートで送り届けた。その後すぐさま潜航すると、伊52とは違う針路を取って帰路についた。

 そこで日独両軍は計画を変更する。それは6月22日、大西洋上で日独潜水艦が会合し、まずは日本に供与する逆探(レーダー逆探知機)を先に渡し、それを装備することで残りの航海の安全を期す、というものだ。そのためにドイツからはUボートU530が派遣されることとなった。両艦は22日には遭遇できず、1日遅れた232020分、カーボベルデ諸島の数百km沖合、北緯15度西経40度付近の海域で会合に成功。ドイツ潜水艦から連絡将校、通信士、水先案内人の3人が逆探を携えて伊52に乗り込んできた。

 

 だがアメリカ側は暗号を解読し、5月7日の時点から伊52をマークし続けていた。そしてドイツ潜水艦との会合も把握し、護衛空母ボーグと駆逐艦5隻を当該海域に向かわせた。そしてボーグを発進した雷撃機アベンジャーのうちのジェシー・テイラー少佐機のレーダーに、反応があった。

 

 2345分、目標に近づいたテイラー機は照明弾とソノブイを射出。すると急速潜航中の潜水艦を発見した。テイラー少佐はすぐさま爆雷2個を投下。さらに2個目のソノブイを投下すると、目標が健在であることを確認する。そこで今度はマーク24魚雷を射出すると、命中音を聴取した。

 

 さらに翌24日午前1時、現場に到着したウィリアム・ゴードン中尉のアベンジャーも、ソノブイからのスクリュー音を確認。マーク24魚雷投下の18分後、爆発音と圧壊音を聴取した。その後、駆逐艦が現場海域で漂流物と重油の帯を発見している。

 

 この時、U530はいち早く潜航し、現場を離れたため難を逃れている。伊52は受け取った逆探を取り付けていた最中だった。不思議なのはそれから1ヵ月経過した7月24日、ドイツ海軍の無線が伊52からの無線を受信。30日には再び受信し、その位置はロリアンから36時間の海域であった。その後、完全に通信が途絶えている。

 

 こうしたミステリーのような話が伝わっていたことから、伊52の沈没場所はなかなか特定できなかった。トレジャーハンターのポール・ティッドウェル氏は、最初の攻撃地点に当たりをつけ、北緯1516分、西経3955分の海域で、遂に伊52を発見したのである。

 

 ティッドウェル氏の計画は残骸を引き上げ日本に引き渡す代わりに、引き上げた金塊の取り分を費用として頂く、というものだ。日本政府も合意し、1998年には実際に一部の遺品や積荷が引き上げられた。

 

 だが沈没場所が深海5200mということもあり、調査や引き上げには予測以上の資金が必要とのことで、計画は途中で頓挫。現在も伊52と金塊は海の底である。

 

 金塊の有無も気になるところだが、そちらは一攫千金を狙う冒険家に任せたい。とにかくすべての遺品が遺族の元に届く日が、1日も早く実現することを信じたい。

グラマン社が開発し、第二次世界大戦ではアメリカ海軍の主力雷撃機として活躍したアベンジャー。通常、雷撃機は水上艦を攻撃するものだが、アベンジャーは「潜水艦キラー」と呼ばれたほど、多くの潜水艦を沈めた。

 

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野田 伊豆守のだ いずのかみ

 

1960年生まれ、東京都出身。日本大学藝術学部卒業後、出版社勤務を経てフリーライター・フリー編集者に。歴史、旅行、鉄道、アウトドアなどの分野を中心に雑誌、書籍で活躍。主な著書に、『語り継ぎたい戦争の真実 太平洋戦争のすべて』(サンエイ新書)、『旧街道を歩く』(交通新聞社)、『各駅停車の旅』(交通タイムス社)など多数。

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