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アメリカ政府や国民を恐怖に陥れた「伊17潜水艦」によるアメリカ本土への砲撃

海底からの刺客・帝国海軍潜水艦かく戦えり


日本帝国海軍では潜水艦を、水上艦隊とともに行動するものと位置付けていた。艦隊の前面に展開し、最初に敵艦にダメージを与える役割を担わせようと考えていたのだ。それにより続く艦隊決戦を有利にし、敵艦隊を確実に撃滅に導くことを想定したのである。そのため潜水艦も艦隊と行動を共にできるように、速力や航続力が重要視された。


 

伊17潜水艦の砲撃で撃破された後、魚雷で止めを刺されて岩場に座礁したアメリカのソコニー・バキューム・オイル社タンカー「エミディオ」。アメリカ西海岸における通商破壊作戦における初の獲物となった。

 

 日本海軍の潜水艦は、艦隊決戦時の斬り込み隊長的な位置づけであった。それがドイツ海軍得意の群狼作戦よろしく、複数で協同して通商破壊戦を演じ、戦果を挙げたことがあった。194112月8日の開戦後、緒戦で勝利を重ねた日本海軍は、太平洋から東南アジアにかけての広大な海域を勢力下に収め、12月中旬にはアメリカ西海岸に潜水艦部隊が進出している。アメリカ本土攻撃を企図し、その一環として通商破壊戦を展開したのだ。派遣されたのは伊9、伊10、伊15、伊17、伊19、伊21、伊23、伊25、伊26の合計9隻。

 

 そして1220日、伊17がカリフォルニア州メンドシノ岬西方8海里付近で浮上中、シアトルからベンチュラに向かっていたアメリカ船籍のタンカー「エミディオ」(6912トン)を発見。主砲弾を6発発射し、5発を命中させる。タンカーの生存者は30分以内に船から脱出した。その時、米軍機が飛来したため伊17は急速潜航してやり過ごす。米軍機が去った後、伊17はエミディオに向け魚雷を2本発射。うち1本が命中。エミディオは西海岸での通商破壊作戦最初の撃沈輸送船となった。

 

 伊171223日には、カリフォルニア州北部の町ユーレカ南西80海里付近で、アメリカ船籍のタンカー「ラリー・ドヘニー」(7038トン)を発見。砲撃で損傷させている。

 

 同じく23日、カリフォルニア州のピエドラス・ブランカス灯台南方4海里付近で、伊21がポート・サン・ルイスからバンクーバーへ向かっていたアメリカ船籍のタンカー「モンテベロ」(8272トン)を発見。魚雷2本を命中させ大破させた後、砲撃でとどめを刺した。

 

 伊21は同じ日、エステロ湾近海でアメリカ船籍のタンカー「アイダホ」(6418トン)も、砲撃によって大破させる。だが24日になると伊21も、アメリカ軍の飛行艇PBYカタリナによる爆雷攻撃を受け損傷したことで、戦列を離れクェゼリン環礁の基地に引き揚げた。

 

 1225日、伊19がサンペドロ近海で木材運搬船「アブサロカ」を発見。2本の魚雷を発射し1本が命中する。木材が積荷だったため、辛うじて沈まずにいたアブサロカだったが、結局はフォート・マッカーサー基地近くの海岸に座礁してしまい、全損となった。

 

 日本の潜水艦によるアメリカ西海岸での通商破壊戦は、海岸近くの住宅街からも目撃され、アメリカ国民に多大な衝撃を与えている。しかもこの9隻は、一斉にアメリカ本土を砲撃することが真の目的であった。しかし「クリスマス前後に本土を攻撃し、民間人の死傷者を出したらアメリカ国民を過度に刺激する結果になる」という理由から攻撃は延期され、各艦はアメリカ西海岸を離れてしまう。

 

 1942年2月20日。伊17は再び単独でカリフォルニア州サンディエゴ近海に舞い戻る。翌日には浮上中に哨戒艇に発見され追跡されたが、潜航して振り切った。そして24日、サンタバーバラ沖に移動すると、1910分に浮上し、サンタバーバラ近郊にあるエルウッド石油製油所の石油タンクを目がけ7回砲撃。続いて製油所に向かい10回砲撃した。

 

海軍に従軍していた画家、御厨純一が描いた『わが潜艦加州沿岸を砲撃』。加州はカリフォルニア州のこと。伊17は砲撃後もしばらくはアメリカ西海岸沿岸で哨戒と通商破壊戦を継続。3月1日にもタンカーを大破させた。

 

 製油所が炎上し、複数の消防車がサイレンを鳴らし駆けつける様子を確認した伊17は、悠々とその場を離れた。潜水艦による砲撃を目撃した住民の通報により、航空機3機と駆逐艦2隻が現場に到着した時は、日本軍の潜水艦は煙のように姿を消していたのだ。

 

 この砲撃は、アメリカ本土への先制攻撃として記録されただけでなく、アメリカ政府や軍、さらには国民に大きな動揺を与えた。カリフォルニアの都市ではラジオ放送が中止され、灯火管制も行われている。

 

 アメリカ政府の上層部は「日本海軍連合艦隊によるアメリカ本土空襲、陸軍の上陸作戦が行われる可能性が高い」と判断。ルーズベルト大統領も、陸軍上層部に日本軍の上陸を阻止するように打診したほどであった。

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野田 伊豆守のだ いずのかみ

 

1960年生まれ、東京都出身。日本大学藝術学部卒業後、出版社勤務を経てフリーライター・フリー編集者に。歴史、旅行、鉄道、アウトドアなどの分野を中心に雑誌、書籍で活躍。主な著書に、『語り継ぎたい戦争の真実 太平洋戦争のすべて』(サンエイ新書)、『旧街道を歩く』(交通新聞社)、『各駅停車の旅』(交通タイムス社)など多数。

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