木造文化財は維持できるのか? ─世界最古の木造を含む遺産の未来─
[入門]古墳と文献史学から読み解く!大王・豪族の古代史 #065
わが国の建造物は主に木造で、海外のように石造りやレンガ造りではない。そのうえ高温多湿で大地震も多く毎年襲う台風の威力にもさらされる木造建築物は修復をしなければならない。また最大の脅威は火災による焼失だ。由緒ある木造文化財はこれからも維持できるのか?

法隆寺中門 門の真ん中に柱があるという稀有な構造が歴史の謎とされ、さまざまな俗説から小説にまでなった。いずれも日本式のエンタシスで美しい。撮影柏木宏之
■四方柾の木目のまま使われている法隆寺西院伽藍の堂宇や回廊
日本列島の建築物の歴史は、木の歴史だといっても過言ではないでしょう。
すでに縄文時代から豊富な木の種類の特徴や知識を蓄えてきた私たちのご先祖様は、適材適所に木材を使い分けています。
世界最古の現存木造建築物である法隆寺西院伽藍の堂宇や回廊には、今では絶対に手に入らない檜(ひのき)の巨木が使われています。ですから法隆寺の柱は、朱などで塗装をされずに四方柾(しほうまさ)の美しい木目のまま使われています。

彩色されていない法隆寺回廊・中門の柱。柾目が美しい。撮影柏木宏之
実は仏像造りも初期は一木造り(いちぼくづくり)が主流で仏像が造られますが、やがて寄木造り(よせぎづくり)が主流になります。もちろん寄木造りは自由な造形がしやすいことなどメリットがあるのですが、元々は一木造りで使う巨木が伐採によってどんどんなくなって来たことが、その造像技術移行の原因だとも考えられています。
日本の古民家を訪問すると、「こんな梁(はり)や柱はもう無いね」とよく聞きます。
現代は、それほど良木がますます無くなっているのです。
大伽藍などに使われる巨大な木材は、今や日本列島にはほぼ存在せず、台湾や東南アジアから各国の厚意によって輸入されます。
伊勢神宮をはじめ春日大社などでも、ご神木と呼ばれる巨木が大切にされています。それは神の依り代(よりしろ)としても大切なのですが、将来の建築補修材として保存されているのも事実です。
春日大社の春日山原始林は平安時代に伐採や狩猟が一切禁止されて、良質な原木を大切に保存したことから始まります。
■屋根瓦・壁・格子など自然由来の赤色が使われていた首里城
2019年10月31日未明に発生した沖縄県の首里城全焼は大変残念な出来事でした。
あの赤い城を再現するのには大変な研究と努力が傾注されましたし、主要な材木は台湾政府の厚意で特別に輸入できた貴重なもので、1992年に再建されました。
また、一口に「赤色」といいますが、屋根瓦・壁・格子などなど、すべて同じ色ではなく、さまざまな自然由来の赤色が使われていたのです。
戦前の白黒写真があったのでデザインは判明しますが、どうすればさまざまな赤色に発色するのか?
再建首里城は、再建当時の職人や学者が人生をかけた研究と努力で完成させたのです。
しかし完成からわずか27年後、それもたった一夜の火災で灰燼に帰してしまいました。
今沖縄では首里城再々建に向けて様々な努力がなされていますが、火災に強い鉄筋コンクリート製にするかもしれないとのことです。
昭和6年に再建された大阪城天守閣は鉄筋コンクリート造りでエレベーターも装備しています。
また大阪大空襲で焼失した四天王寺伽藍も戦後鉄筋コンクリートで伽藍が再建されています。
ですから私は首里城についても躯体の鉄筋コンクリート化はありだと思いますが、せっかく貴重な建材や瓦などの再現にまで力を注いだのに、やはり焼失事故は返すがえすも残念無念です。

首里城正殿。撮影柏木宏之
伝世する歴史的木造建築物は、落雷、戦禍、放火、失火、自然災害などで失われる危険を常にはらんでいます。
そして巨木資源が枯渇する現代において、本来あるべき姿に再現することが非常に困難になりつつあることも知っていただきたいと思います。

首里城展示パネルより。撮影柏木宏之