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「特攻」という悲劇はこうして始まった

沖縄戦と本土決戦の真実⑨

■圧倒的な戦力差を埋める戦法として誕生

知覧平和公園(鹿児島県南九州市知覧町)にある、旧帝国陸軍一式戦闘機「隼」の復元制作機。若き特攻隊員の青春を描いた映画「俺は、君のためにこそ死にに行く」の撮影で、実際に使用された機体が展示されている。

 特攻が本格的に開始されたのは、フィリピン防衛戦だった。太平洋戦争開始直後、日本はフィリピン全域を占領したが(昭和17年・1942年5月)、2年余り後(同19年・1944年10月)には米軍がフィリピン奪還を目指して押し寄せてきたため、それを断固阻止しようした。そのため防衛戦と定義づけられる。

 

 だが、すでに迎え撃つだけの空母艦隊はなかった。この年6月のマリアナ沖海戦で壊滅していたのである。地上基地にも航空機はわずかしか残っていなかった。そこで、マニラの第1航空艦隊司令長官・大西瀧治郎(おおにしたきじろう)中将は、東京での軍令部との打ち合わせ通りに、零戦(零式艦上戦闘機)で編成した神風(しんぷう)特別攻撃隊を10月21日に出撃させたのである。

 

 最初は、体当たりすべき艦船が見つからず、何回も引き返した。

 

 ルソン島マバラカット飛行場から5回目の出撃となった10月25日、敷島隊(しきしまたい)5機は、ついにレイテ島北東岸タクロバン東方90浬(かいり・換算すると約167㎞)沖に米空母群を発見した。隊長・関行男(せきゆきお)大尉以下は高度2000m付近から、次々と急降下して体当たりした。

 

 5空母それぞれに大きな被害を与えたが、「セント・ロー」だけは撃沈に成功した。そして、このことは特攻隊員との約束通りに、ただちに天皇陛下に報告された。

 

 天皇はびっくりしつつも、「かくまでやらせなければならぬということは、まことに遺憾であるが、しかしながら、よくやった」と言った。

 

 指揮官の大西としては、「しかしながら、もうやめよ」という言葉を期待していたようだが、「よくやった」といわれたら、体当たり特攻をやめるわけにはいかなくなった。特攻はその後、普通の攻撃法となっていくのである。

 

■長い期間をかけて特攻を正当化された理念「悠久の大義」

 

 戦争は殺し合いだが、運がなくて戦死することと、最初から死ぬために出撃することは異なる。

 

 後者は当時としても異様だった。もう少し後になると、爆弾を命中させたら生還してよいかと質問した隊員を「まかりならん」と叱るようになり、帰ってきた特攻隊員は何回も出撃させられるようになった。

 

 大西に限らず、当時の軍人は天皇のために命を投げ出すことこそ名誉であると、厳しく教育されていた。だから、成算のない出撃でも、それは永遠に続く天皇への忠義の証しとなると、信じるように仕向ける教育を行った。

 

 天皇への忠義が足りないと非難されることほど、不名誉であり、屈辱的なことはなかった。「それが我が身を滅ぼそうとも、結果は悠久の大義に生きることになる」と信じて生きていた。

 

 大西長官が特攻隊員に訓示して送り出したというわけではない。このような教育は、つけ焼き刃では隊員も納得しなかっただろう。長い期間をかけて、教育勅語や軍人勅語を、暴力とともに浸透させた結果だったのである。

 

 特攻も命令で出撃させないというのが建前だったが、そんなことはいつしか忘れられていった。

 

 フィリピン特攻はのちに陸軍航空隊も参加した。陸軍は軽爆撃機や重爆撃機などを使い、日本で編成され、フィリピンに進出した。名称は八紘隊とか一宇隊、護国隊などとつけられ、昭和20年(1945)1月まで続いた。

 

 どれほどの出撃機数だったか、また戦果のほどは研究者によってさまざまだが、特攻隊慰霊顕彰会によると、海軍特攻333機、戦死420人、陸軍特攻202機・戦死251人だったという。悲劇というほかに言葉が見つからない。

 

監修・文/森山康平

(『歴史人』2022年6月号「沖縄戦とソ連侵攻の真実」より)

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