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「老いてなお盛ん」な名将・黄忠は、本当に高齢で弓の名手だったのか?

ここからはじめる! 三国志入門 第60回


中国に「老いて、なお盛ん」という言葉がある。もともとは『後漢書』の馬援(ばえん)伝の一節だが、今ではむしろ『三国志演義』に登場する老将・黄忠(こうちゅう/?~220)の代名詞のようになっている。黄忠は年齢を感じさせない活躍で、蜀の「五虎大将」の一人に名を連ねる。彼が後世に「老いて盛ん」と持ち上げられるようになった理由を主に正史から探ってみよう。


黄忠が夏侯淵を斬る場面を描いた壁画。中国陝西省の漢中市にて。撮影/上永哲矢

『三国志演義』における、黄忠のデビューは衝撃的である。彼は荊州(けいしゅう)南部、長沙(ちょうさ)を治める韓玄(かんげん)に仕える将だった。攻め寄せてきた関羽(かんう)にいきなりの一騎打ちを挑み、老いた身ながら互角に打ち合い、その強さに誰もが舌を巻くのだ。

 

 さらに圧巻なのは、その翌日のこと。連日の一騎打ちに耐えかねた馬がへばり、黄忠は地面に投げ出された。だが関羽は彼を斬らず「馬を換えてまた勝負に来い」と叫び、自陣へ戻る。恩義を感じた黄忠は3日目、勝負のさなか、わざと弓矢を外して関羽の兜の緒を射るに留めた。関羽は、黄忠の弓の腕前を悟って感嘆し、軍を退く。まさに英雄は英雄を知る。「演義」屈指の名勝負といえよう。

 

 ところが「演義」では、その後の展開に矛盾が生じる。後に劉備が「五虎大将」の一員に黄忠を加えると、関羽はこう言って反発する。「張飛(ちょうひ)・馬超(ばちょう)・趙雲(ちょううん)は弟分だから構わないが、老将(黄忠)と一緒にされるのはごめんだ」と。関羽は黄忠を好漢と認めたはず。なのに、これではあの名勝負は「無かったこと」になったみたいでガッカリである。

 

 ただし、この逸話は羅貫中(演義の編著者)のうっかりミスではない。正史『三国志』(費詩伝)の記述を、ほぼそのまま採用したものだ。219年、漢中王になった劉備は関羽を前将軍に、黄忠を後将軍に任命。その報告に対して関羽は「大丈夫のわしが、あの老兵と同列か」と腹を立てた。結局、劉備本人が説得し、使者の費詩(ひし)が取りなして、関羽はやっと印綬を受けている。

 

 実は、正史では関羽も黄忠も年齢は不明である。何歳ぐらいだったのかと推測すれば、このとき劉備が59歳だから、おそらく関羽も50は超えていたはず。だが、その関羽に「老兵」呼ばわりされたからには、やはり黄忠はかなりの高齢。劉備より年上、60代以上でなければ、関羽もさすがに「老将」とは呼ばないのではないか。

 

 しかし、劉備が漢中王になれたのは「老黄忠」の働きが大であった。彼は漢中の戦いで、魏の元勲である夏侯淵(かこうえん)を討ち取るという大功をあげていた。劉備は初めて曹操との真っ向勝負に勝利できたし、諸葛亮に反対されても、その活躍に報いたかったのだろう。

 

 残念ながら正史「黄忠伝」では、彼の記述は極めて少ない。関羽との一騎打ちは創作で、「五虎大将」という称号も架空のもの。「弓の名手」という設定も「演義」独自だ。夏侯淵撃破がほぼ唯一の戦果で、翌220年には世を去ってしまうから、後将軍としては戦功の立てようもなかった。

 

 同じ老将扱いされる厳顔(げんがん)とのタッグで大活躍し、弓も百発百中の腕前という「演義」独自の見せ場や設定は、あまりに正史に彼の記述が乏しいゆえに、後世の人が相当に話を「盛った」のかもしれない。関羽の好敵手にふさわしいぐらいに。

 

 一方で、幅広い年齢層に親しまれる『三国志演義』において、黄忠のような高齢武将の活躍は、シニア世代の読者層にも勇気を与える存在だったようである。黄忠が齢を重ねてから活躍したことは、中国では半ば事実として語り継がれ「老いて盛んな人」の代名詞にまでなった。中国では「老黄忠」は誉め言葉とされているようだ。

 

 蜀の都・成都(中国四川省)の市街地には「黄忠路」「黄忠街」という地名があり、黄忠公園は老若男女の憩いの場となっている。彼の名は、それほどまでに中国人の間に今も息づいているのである。

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上永哲矢うえなが てつや

歴史著述家・紀行作家。神奈川県出身。日本の歴史および「三国志」をはじめとする中国史の記事を多数手がけ、日本全国や中国各地や台湾の現地取材も精力的に行なう。著書に『三国志 その終わりと始まり』(三栄)、『戦国武将を癒やした温泉』(天夢人/山と渓谷社)、共著に『密教の聖地 高野山 その聖地に眠る偉人たち』(三栄)など。

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