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九四式軽装甲車の後継として太平洋戦争を戦い抜く:九七式軽装甲車(テケ)

日本戦車列伝 第3回 ~国産戦車の開発と運用の足跡を辿る~


前回紹介した九四式軽装甲車の武装強化型である九七式軽装甲車。太平洋戦争緒戦のマレー電撃戦で活躍した同戦車の戦歴・戦史に迫る。


ニューブリテン島のガゼル半島でニュージーランド軍によって撮影された37mm砲搭載型九七式軽装甲車。戦意旺盛な日本戦車兵は非力な本車を駆って強力な連合軍とよく戦った。

 九四式軽装甲車は、きわめて使い勝手のよい優秀な豆戦車だったが、機関銃しか搭載していないという武装上の弱点があった。また陸軍としては、できれば装甲も強化したい希望を持っていた。

 

 そこで池貝自動車に対し、新しい軽装甲車が発注されて試作が始まった。試作車は、エンジンを前に積んだフロント・エンジン型と、後ろに積んだリア・エンジン型の2種類が造られたが、エンジンが発する熱や騒音などの問題から後者が採用となった。

 

 また、九四式軽装甲車の弱点とされた武装については、総生産数の三分の一程度に機関銃に代えて37mm戦車砲が搭載された。

 

 前作の九四式軽装甲車同様、小型軽量で比較的信頼性が高い車両として完成した本車は、九七式軽装甲車として制式化され、1939年のノモンハン事件から実戦に参加。太平洋戦争では、緒戦のマレー電撃戦やフィリピン攻略戦で活躍している。

 

 とはいえ、搭載している37mm戦車砲はアメリカ製のM3スチュワート軽戦車の前面装甲、M4シャーマン中戦車の前面や側面の装甲に対して効果が薄く、特に戦争後半の太平洋島嶼部を巡る戦いでは、九七式軽装甲車も各島嶼に配備された貴重な戦車戦力だった一方で、あまりに脆弱な点が惜しまれた。

 

 しかし勇敢な乗員が乗る九七式軽装甲車の中には、アメリカ軍戦車の背後に回り込んで必殺の一撃を加えた後に、自らも撃破されてしまうといったこともあったという。

 

 車体前部に操縦手、砲塔内に車長とたった2名の乗員しか乗っていないにもかかわらず、この両者の阿吽の呼吸で戦闘を繰り広げた九七式軽装甲車は、特にアメリカ軍を相手にした場合はほぼ確実に撃破されてしまったが、既述のように、そうなる前に一矢報いる戦いぶりを示すこともあった。

 

 また機関銃搭載型では、アメリカ軍戦車を相手にした場合は絶対に勝ち目がないので、戦車兵が九七式軽装甲車の車載機関銃をおろして「にわか機関銃兵」となって地上戦に用いることで、かえって味方歩兵の掩護(えんご)に重宝されるケースもあったという。

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白石 光しらいし ひかる

1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。

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