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零戦から生まれた世界最強の優秀水上戦闘機:2式水上戦闘機

太平洋戦争日本海軍戦闘機列伝 第4回 ~海原の碧空を飛翔した日の丸のファイターたち~

南洋の島に展開した2式水上戦闘機装備の飛行隊。ご覧の通り、陸上に滑走路がなくても波静かなラグーンがあれば運用可能なのが本機の強みであった。胴体下の主フロートと主翼下の補助フロートがないと考えると、ほとんど零戦のシルエットである。なお、主フロート内には燃料タンクが増設されていた。

 

 日本海軍は以前から、単発の水上機を空母以外の水上戦闘艦に搭載し、着弾観測や偵察に用いていた。ところが日中戦争で、これらの機体が意外にも空戦を行って勝利する局面が生じた。

 

 また、当時の日本は第一次世界大戦の戦勝国として、かつてドイツが領有していた南洋群島(内南洋)を、ヴェルサイユ条約によって委任統治領として得ていた。これらの島嶼部にはもちろん飛行場も建設できるが、急速な配備展開には水上機が適している。

 

 そこで海軍は1941年、中島飛行機に対して、優秀な零戦をベースにした水上戦闘機の開発を命じた。本来、零戦は三菱重工業が開発した機体だが、同社は既存の機体の生産で追われているうえ、中島は水上機を得意としていたこともあっての発注だった。

 

 かくして、奇しくもパールハーバー攻撃当日の1941128日に試作機が飛行。水上戦闘機としては、きわめて優秀な機体であることが確認された。

 

 当初、この水上戦闘機には、前線からオーバーホールなどで戻ってくる零戦を改造してあてようと考えられていた。ところが水上機として設計されたわけではない零戦11型や21型は、海水の飛沫への対策が不十分で、各部の腐食が問題視された。そのため結局、水上戦闘機用の機体が新造されることになった。そして本機は19427月、2式水上戦闘機として制式化された。

 

 この2式水上戦闘機は、水上機とするために、零戦とは異なる改修が施されている。たとえば、当然ながら不要となった主脚と尾輪、着艦フックがいずれも廃止され、胴体下に主フロート、左右の主翼に補助フロートが装着された。そして垂直尾翼の拡大や、電装関係の防水化なども行われている。

 

 フロートが大きな空気抵抗となったため、オリジナルの零戦に比べて速度性能の低下はやむを得なかった。しかし運動性能は良好なままで、敵爆撃機に対する迎撃などで善戦。さらにグラマンF4Fワイルドキャットや同F6Fヘルキャットといった戦闘機とも戦い、水上機にもかかわらず、かなり好成績を上げている。そのため、「第二次大戦中もっとも優れた水上戦闘機」とも評された。また、対潜爆雷を搭載して対潜哨戒に従事したり、大戦末期には、一部の機体が神風攻撃の体当たり機としても用いられた。

 

 なお、連合軍は本機を“Rufe”のコードネームで呼んだ。

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白石 光しらいし ひかる

1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。

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