江戸時代の妾「囲者」というお仕事 第3回~親と同居の妾~
江戸の性職業 #016
親と同居しながら旦那を待つ妾

図5『絵本時世粧』(歌川豊国、享和2年)、国会図書館蔵
『江戸繁昌記』が上・中・下にランク分けした囲者の中で、「下」の実態はどうだったのであろうか。
とても戸建ての借家などは用意してやれないので、女にはそれまでの住居に親と一緒に住まわせておき、旦那が通う方式だった。二階建ての家の場合、女は二階で旦那を迎え、両親は一階で平常通りの生活を続ける。
親にしてみれば、自分の娘のもとに男が通ってくるわけである。
しかも、当時の木造家屋は防音効果は皆無に近かったから、二階と一階であれば、行為の様子こそ見えないが、物音や声は筒抜けだった。
もちろん、近所にも、
「あそこの娘は囲者になって、男が通ってきている」
と、たちまち知れ渡った。
そんな囲者事情が、戯作『娘消息』(曲山人著、天保7年)に生き生きと描かれている。
お初は十六、七歳の町娘、お仲は三十歳くらいで、茶屋の女将(おかみ)。お初が、母親が妾に出ろと迫り、困っていると、愚痴をこぼす――
初「私はたとえどんないい暮らしをしても、好かねえ人の世話になることはいやだと思うよ。なかにゃあ、向こう裏のお杉さんのようなのもあるがね。親も親だが、あの子も、あの子だねえ。あの、つまらないじゃあないか、あんな二本棒の世話になるとは。それ、おまえも知っておいでだろう。あの、色の黒いあばた面の、でっぷりした人さ。いやじゃあないか、よくまあ、お杉さんも、あんな人の言うことをお聞きだと思うと、あの子の顔を見るたびごとに、おかしくってならないよ。そうしてね、なんだっさ、たまたま来るのならいいけれど、少将と同じことで、毎晩毎晩通い詰めるとは、あきれるねえ」
仲「そうだとねえ。根(こん)のいい人だと見えるよ。あの子も可哀そうに、そのせいかして、顔の色が悪いようだよ」
――と、近所の、囲者をしているお杉の噂をする。お杉はお初とほぼ同年齢であろう。
二本棒とは、両刀のことで、つまり武士。しかも、醜男で肥満体のようだ。その上、武士は毎晩のように、お杉のもとに通ってくるという。
精力を持て余しているのか、「金を払っているのだから、しなきゃあ損だ」という気分なのか。おかげで、相手をするお杉は最近、顔色が悪いという。
なお、お初の言う「少将」は、平安時代の深草少将のこと。小野小町のもとに九十九夜、通ったという伝説がある。
これが、『江戸繁昌記』のランクで、「下」の囲者の実態だった。親と同居している娘が囲者になり、そこに旦那が通ってきたのである。親の意向で、お杉は囲者になった。お初も、親から囲者になるよう迫られている。要するに、親としては娘に稼がせ、自分は養ってもらうつもりなのだ。
囲者は、当時としては高収入が得られる女の職業、つまりセックスワーカーだった。
図5は、画中に「うらすまい」とある。また、右端の箒を使っている女は「かこいもの」と記されている。
つまり、裏長屋に住む囲者の姿である。『江戸繁昌記』の分類によれば、「下」の囲者になろうか。
(続く)