×
日本史
世界史
連載
ニュース
エンタメ
誌面連動企画

操縦の難しさで一時は「未亡人製造機」と呼ばれた高性能機:マーチンB-26マローダー

第二次大戦アメリカ双発爆撃機列伝 第2回 ~全世界で戦った白頭鷲の使者~

4発重爆撃機並みの爆弾搭載量を備えた高速の機体

飛行中のマーチンB-26マローダー。正面断面形が円形でずんぐりした胴体に、2000馬力級のエンジンを備えた独特のデザインがよくわかる角度からのワンカット。本機はイギリス空軍や自由フランス空軍にも供与されて使われた。

 前回のノースアメリカンB-25ミッチェル編に記したように、マーチンB-26マローダーは、ミッチェルと競作となった機体であった。

 

 マーチン社では、社内コンペによって革新的な双発爆撃機の設計を求めたが、その結果、27歳の若い航空機設計技師ペイトン・マーシャル・マグルーダーが手がけたモデル179が、最優秀と認められてエントリーされ、軍の承認を受けて開発が進められることになった。しかも、B-26として採用された本機は、試作機を省いて、いきなり量産発注がなされるという急ぎようであった。

 

 ところで爆撃機とは、どれほど大量の爆弾をどれほど遠くまで運べるか、さらに、妨害を試みる敵にいかに対抗するかという能力の組み合わせで成立している。特に「敵に対抗」という点は、①逃げ足を速くする。②強い防御火力を備える。③装甲などの防御材を充実させる。の3点の組み合わせのバランスが重要となる。

 

 これに対して、若きマグルーダーは革新的な手法でアプローチした。ごく簡単に言えば、4発重爆撃機を双発で再現しようと試みたのだ。

 

 胴体の正面断面形を円形として太くすることで、4発のボーイングB-17フライングフォートレス並みの爆弾倉容積を確保。加えて、ずんぐりな胴体は空気抵抗の減少にも有効だった。そしてこの胴体に、B-17やコンソリデーテッドB-24リベレーターが1000馬力級エンジン4基装備なのに対して、2000馬力級のプラット・アンド・ホイットニーR-2800「ダブルワスプ」空冷星型エンジン2基を装備することで、ほぼ同じエンジン出力を得た。その結果、双発ながら4発重爆撃機に準ずる爆弾搭載量で、しかもより速い機体となった。

 

 だがマローダー(「略奪者」の意)の愛称を与えられた本機の運用が始まると、実用化を急ぎ過ぎたためのトラブルと、従来の機体に比べて着陸速度が速いせいで、訓練不足のパイロットによる事故が頻発。その結果、愛称のマローダーに引っ掛けた「マーダラー(殺人者)」や「ウィドウ・メーカー(未亡人製造機)」といった悪名が付けられた。

 

 しかし初期トラブルが解消され、パイロットもマローダーの特性に習熟すると、爆弾搭載量が多い高速の機体として重宝されるようになった。ただしマローダーはミッチェルに比べて滑走距離が長いため、大戦中期以降、前者は飛行場設備が充実していたヨーロッパ戦域、後者は野戦飛行場からの運用も多かった太平洋戦域と、より適した戦場で運用されるべく「住み分け」が行われた。

 

 その結果、初期の汚名を返上して「傑作機」へと変貌したが、後継機A-26の登場で、第2次大戦終戦前の19454月に生産を終えている。

 

 

KEYWORDS:

過去記事

白石 光しらいし ひかる

1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。

最新号案内

歴史人 2022年12月号

承久の乱のすべてがわかる! 歴史人編集部

いよいよ終盤に突入するNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」。  12月号では「承久の乱」を徹底解説。なぜ後鳥羽上皇は、鎌倉幕府を討つことを決めたのか? また、北条義時はどう動いたのか? そして、この戦いの意義とはなんだったのか? その真実に迫る。また日本の2分したこの戦いの後、100年以上続く鎌倉幕府と北条家はその後どうなったのか? 13人の御家人たちの血脈はどうなったのか?「その後」を追う。  そのほか、北条氏と盟友だった三浦氏が戦った「宝治合戦」、北条家の内紛「二月騒動」、鎌倉最大の危機「蒙古襲来」、そして鎌倉幕府と北条家の終焉までを徹底解説する!