江戸時代の立ちんぼ 「夜鷹」というお仕事 第4回~由緒ある家柄の娘も?~
江戸の性職業 #010
■由緒ある家柄の娘も?
夜鷹は、遊女のなれの果てが多く、そのため高齢の女が多かった。あるいは、夫婦が困窮し、やむなく女房が夜鷹に出ることもあった。
だが、例外もあった。
『艶道通鑑』(増穂残口著、正徳五年)に、次のような話がある。
中橋あたりの屋敷に奉公する男が夜、ひとりで歩いて帰り、汐留のあたりさしかかった。
暗がりから、女がふるえ声で呼びかけてきた。
「お見かけして申し上げます。お情けをおかけください」
見ると、振袖を着た若い女だった。
「いったい、なにごとか」
「助けると思って、鳥目を少しばかりくださりませ」
男は、このごろ夜道に出没する夜鷹であろうと察した。
それにしても、人品卑しからぬ風情である。よほどの事情があるのであろうと同情した。
「手を出すがよい」
男は財布を取り出してさかさにするや、中身をすべてあたえた。
女は両手で金を受けながら、涙に暮れている。
「どうしてそのように泣くのか」
「このようなお恵みにあずかりましたからには、包み隠さず申し上げます。あたしは浪人のひとり娘でございまして、去年、母が死に、いまは年老いた父とふたり暮らしでございます。父が病の床に伏してから、売り食い生活をしてまいりましたが、もはや売る物もなくなり、食べることもままなくなりました。貧窮をみかねて、近所の人が、
『夜道で夜鷹に立つがよい。食いぶちくらいは稼げよう』
と、勧めてくれました。
やむなく、恥を忍び、振袖を着てきょうの夕暮れから道に立ったのですが、とても声をかける勇気がありません。とうとうこんな時刻になってしまいました。このまま手ぶらで帰っては、あす食べる物もありません。おまえさんを見かけ、勇気を振り絞って声をかけてみたのです。すると思いがけなく、このように助けていただき、うれしくてなりません」
女の話を聞き、男ももらい泣きをしながら、
「あすの晩も必ず来るから」
と約束し、その場は分かれた。
それからというもの、男は女を出合茶屋にさそって情交したが、日を重ねるほどに女へのいとしさが増す。
ある夜、女が言った。
「あたくしは、このようなあさましい仕事をしているのを父に知られるのは恥ずかしいので、おまえさまと夫婦の約束をしたと言ったのです。すると、父は喜び、『ぜひ会いたい』とのこと。一度、父に会ってくれませんか」
男は承諾し、女の父親に会いに出かけた。
父親は病の床に伏していたが、男を見るや枕から頭をあげ、両手を合わせて言った。
「わしは元は由緒ある身でしたが、不運が重なり、このように落ちぶれてしまいました。娘の身の上が心配でしたが、そこもとと結ばれれば、いまはもうこの世に思い残すことはござらん。なにとぞ、娘をよろしくお願い申す」
そして、薄汚れた布団の下から脇差を取り出し、男に渡した。
「これだけは武士として最後まで手放さぬつもりでしたが、婿どのに引き出物にいたす」
「ありがとうございます」
押しいただいて脇差を受け取り、その日は帰った。
男が奉公する屋敷の主人は道具好きだった。
しかも最近では刀の収集に凝っているのを知っていたので、男は脇差を主人に見せた。
主人はひと目見て、その脇差が名刀であると気付いた。
そこで、あらためて脇差を刀剣鑑定家の本阿弥に見てもらった。
本阿弥の鑑定は、こうだった。
「刀工の助宗が後鳥羽上皇の勅命で鍛えた菊一文字に間違いございませぬ」
感心した主人は男に家と多額の金をあたえ、女をめとらせた。
男は女を女房にすると同時に、父親も家に迎えて看病した。
その年の暮れ、父親は死に、泉岳寺の墓地に葬った。
美談と言えよう。ひとりで初めて夜鷹に出たときの女の様子は、図6のようだったかもしれない。
(続く)