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コロポックル 〜 日本人の先祖とみなされた伝説の小人族

「鬼滅の戦史」第21回

粛慎(みしはせ)の人々の「沈黙交易」とは?

コロポックルの住処だった?!古墳時代後期の横穴墓群の遺跡・吉見百穴(埼玉県比企郡吉見町) 藤井勝彦提供

 新型コロナが蔓延し始めて、早一年半。唾液の拡散を防ぐためにマスクをすることは、最早当たり前。そればかりか、商店や飲食店では一切掛け声もなく、無言のまま注文や支払いが完了することまで、至極当然とみなされるようになったようである。無言のままの商行為が成り立つとなれば、まさしく、「無言交易」あるいは「沈黙交易」とでも言い表せる、新たな文化到来かと言いたくなりそうである。

 

 ところがこの「沈黙交易」なる商行為、実は今に始まったものではなかった。北海道以北では、千数百年前あるいはそれ以前から、日常的に行われていたものだった。その様子は、『日本書紀』にも記されている。斉明(さいめい)天皇6(660)年3月の条である。この時、蝦夷討伐(えみしせいとう)のため、安倍比羅夫(あべのひらふ)が陸奥(北海道ばかりか樺太にまで到達していたとの説も)に派遣されているが、そこで粛慎国の人々が「沈黙交易」を行っていたというのだ。

 

 比羅夫は、蝦夷ばかりか粛慎まで討伐しようとしていたのだが、その粛慎の人々をおびき寄せるため、海岸に絹や武器、鉄などを置いて待ち構えたという。案の定、彼らがやってきて、それを黙って持ち去っていった。

 

 ところが、その後、思いもせぬことが起きた。何と、彼らが同じところに舞い戻ってきて、着ていた衣や布などをその代金だと言わんばかりに置いていったのだ。もともと、そのような商行為が、彼らにとっては当たり前というべき物々交換の方法だったのである。

 

北方から渡来してきた古モンゴロイド

 

 ここに登場する粛慎なる国がどこにあったのかは、諸説あって定かではないが、海洋漁労民族・オホーツク人が暮らしていた北海道北部から樺太、南千島あたりだったとみられている。竪穴式住居に暮らしながら、アザラシやオットセイなどの海獣を食料としていたとも。さらに熊を捕らえ、その毛皮を重要な交易品として、道東のアイヌなどと交易を行っていたようである。

 

 この民族の先祖はロシアのアムール川流域とみられているが、その上流近くにあるバイカル湖といえば、日本人起源説が取りざたされるブリアート人の居住地域である。日本人の北方起源説、つまり石器時代に北方から古モンゴロイドが渡来して縄文人となり、縄文時代晩期に南方から新モンゴロイドが渡来して弥生人になったとの説によれば、この辺りに暮らしていた古モンゴロイドが、2万年前あたりまで地続きであったユーラシア大陸東端から、サハリン、北海道を経て日本列島全域に拡散。これが、縄文人の根幹になった…とも考えられるのだ。

 

コロポックルこそが日本人の先祖だったかも

 

 さて、本題はここからである。この粛慎なるオホーツク人も、いつの頃(13世紀頃との説も)からか、道東アイヌと同化あるいは駆逐されて姿を消してしまったようである。その後は、この地域に住む人々も、アイヌと呼ばれるようになったという。興味深いのが、その辺り一帯に言い伝えられてきた小人伝説である。ここにアイヌが住み始める前から、コロポックルという名の背丈の低い人々が、蕗の葉で葺いた竪穴式住居で暮らしていたと言い伝えられているのだ。

 

 このコロポックルの存在を世に広めたのは、日本初の人類学者として知られる坪井正五郎(つぼいしょうごろう)といわれる。日本石器時代人=コロポックル、つまり日本人の先祖はコロポックルだと唱えたのだ。この説はその後多くの学者たちによって否定されたものの、近年、考古学者の瀬川拓郎氏によって、再び見直されるようになっている。瀬川氏の著書『アイヌ学入門』によれば、このエリア一帯に小人(コロポックル)伝説が伝えられているものの、その中の北千島だけ小人伝説を伝えていないという。そこから、北千島こそがコロポックルが住んでいたところだとの説を掲げたのである。一説によれば、疫病(特に疱瘡、つまり天然痘)の伝染を極端に恐れた(ケガレの思想とも)ことが起因となって、相手との接触を避ける「沈黙交易」が始まったというのだ。何やら、現在の状況(新型コロナ蔓延)と似通ったものがありそうだ。

 

 ただし、北千島の人々が竪穴式住居に暮らしていたことは事実であるが、背丈が特段低かったかどうかは不明。おそらく「交易すれど交流せず」との頑なな姿勢が異端視されたことで、時が経つにつれ、多少背丈が低かったことを、大げさに語られるようになったのではないかと考えられるのだ。

 

 ちなみに小人伝説といえば、『記紀』に登場するスクナビコナがよく知られるところ。ガガイモの実で作った小さな船に乗って海の彼方から来訪。大国主神とともに国造りに励んだという神様である。鵝(がちょう)の皮の着物を着ていたというところなど、太古の世界の住人を匂わせている。コロポックルとの関連を指摘する声が上がるのも、宜なるかなというべきか。

 

 また、『鬼滅の刃』には、小人に該当するような鬼は存在しないが、差別を受けたことを起因として鬼と化したケースは少なくない。猟奇的な性格から、生まれ育った村の人々から忌み嫌われていた玉壷(ぎょっこ)をはじめ、黒死牟(こくしぼう)、半天狗(はんてんぐ)、妓天太郎(ぎゅうたろう)なども、それぞれ理由は異なるとはいえ、忌み嫌われて育ったことが鬼になった一因であったことは間違いなさそう。

 

 ともあれ、今やコロポックルなる小人伝説など忘れ去られてしまいそうな感もあるが、実のところ、日本人の源流を考える上では、決して侮るべきものではないのだ。前述のオホーツク人がブリアート人とつながりある民族であったとすれば、道東アイヌはもとより、コロポックルさえ、日本人の祖先、あるいはそれと大きなつながりのある民族であった可能性が出てくるからだ。こうしてみると、何気なく見捨てられてきた伝説、伝承なども、今一度、見直してみる必要があるのではないか? そんな気がしてならないのである。

 

(次回に続く)

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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