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佐用姫(さよひめ)〜 鬼殺隊の胡蝶しのぶや栗花落カナヲに類似

「鬼滅の戦史」第20回

夫との別れを惜しんで領布を振る健気な妻

念仏を唱えて大蛇を退治する佐用姫/都立中央図書館蔵

「行く船を 振り留みかね 如何ばかり 恋しくありけむ 松浦佐用姫」

 

 万葉歌人・山上憶良(やまのうえのおくら)が、悲恋物語として名高い佐用姫伝説をもとに詠んだ歌である。目の前に遠ざかり行く夫の船、それを留めることもできず、嘆き悲しむ妻。領布を振って別れを惜しむも、恋しさは募るばかり…と、そんな思いを込めた鎮魂歌である。

 

 夫とは、大伴金村(おおとものかなむら)の子・狭手彦(さてひこ)。新羅の侵攻から任那を救わんと彼の地へ渡った豪族である。兄の磐(いわ)が筑紫に残って政治を取り仕切った(『日本書紀』宣化天皇紀より)というぐらいだから、おそらく弟の狭手彦自身、若いながらも将軍として大軍を率いる立場にあったことは間違いない。その要職にある身が、新羅への出港を前に、地元の長者の娘・佐用姫と懇ろになったようである。おそらく、娘の方が要人の身の回りの世話をしているうちに、恋に落ちたのだろう。

 

 別れを惜しんだ佐用姫は、鏡山(領布振山、284メートル)山頂から船を見送ったようである。船が遠ざかるにつれ、恋しさは増すばかり。思わず、遠ざかる船を追いかけるかのように駆け下り、遥か呼子(よぶこ)の加部(かべ)島まで追いすがったとか。しかし、そこに船があるわけもなく、ただ虚しい光景が広がるばかりであった。その悲しみがあまりにも大きかったせいか、そのまま7日7晩泣き明かした末、とうとう石と化してしまったと、まことしやかに語られているのだ。その石こそが、加部島に鎮座する佐用姫神社(田島神社の境内社)のご神体で、今も床下に祀られているという。

 

 また、松浦川の河口付近に、佐用姫岩と名付けられた巨岩が鎮座しているが、これは、佐用姫が鏡山から飛び降りたところとも。頂きにあるくぼみがその時の足跡だというのだ。ともあれ、ここまでが松浦地方に言い伝えられた佐用姫伝説の概要である。

 

 狭手彦はその二十数年後にも、大将軍として数万もの大軍を率いて高麗(高句麗)へと出陣。華々しい活躍ぶりを見せた(史実かどうかは不明)ことが『日本書紀』欽明天皇23年の条に記されている。ただし、そこに佐用姫の名が記されることはなかった。ここまでの経緯を見る限り、佐用姫伝説とは、美しくも儚い悲恋物語として多くの人々の涙を誘うものであった。

鏡山の松浦佐用姫/藤井勝彦提供

 

夫に扮した蛇の棲む沼で屍(しかばね)となる不思議

 

 ところが、話はこれで終わらない。石と化したはずの佐用姫が、理由は不明ながらも、その後、蛇や大蛇と関わりあうという奇妙な物語として、各所で語り継がれているのだ。その一つが、『肥前国風土記』の松浦郡の条に記された彼女(ここでは 弟日姫子/おとひひめこ の名で登場)の動向である。狭手彦と別れて5日目の夜のこと、狭手彦に似た男が彼女の元にやってきて、夜明けに帰っていったという。しばらく逢瀬を重ねた後に判明したことであるが、男とは、実は峰の沼(鏡山山頂の蛇池)に棲み付く蛇(頭は蛇で体は人間)であった。その蛇を追いかけていった彼女が、沼の底で遺体となって発見されたと記すのだ。

 

 さらに奇妙なのが、佐用姫が、松浦から遠く離れた岩手県胆沢地方にまで出向いて、大蛇を退治したとの伝説が語り継がれている点である。ここには、強欲な掃部(かもん)長者の妻の物語が古くから伝わっているが、いつしかそれに松浦の佐用姫伝説が重ねられて、一つの物語として語られるようになったようである。ともあれ、その物語をあらためて見てみることにしたい。

 

悲恋物語の健気な女性が大蛇退治の主人公に変貌

 

 舞台は、岩手県奥州市胆沢区である。当地に勢力を張っていた掃部長者の家が、どういう経緯かは不明ながらも没落してしまったことが、不幸の始まりだったようである。強欲な妻は怒り狂って、とうとう大蛇となり、村人に対して毎年一人ずつ、女を人身御供として差し出すことを要求するようになった。我が娘を差し出す番となった郡司の兵衛が一計を案じ、身代わりとなる娘を買いに出かけたというのである。

 

 その頃、松浦では、かの佐用姫(ここでは小夜姫の名で登場)が、父の死後家が没落して、盲目の母と暮らしていた。そこにやってきたのが兵衛で、貧しさゆえに小夜姫は、母の暮らしが楽になるようにと、自ら身代わりとなることを志願したのである。兵衛共々胆沢へたどり着いた小夜姫は、道伯森の頂に四ツ柱を組んだ台の上に生贄として座って、大蛇がやってくるのを待ち受けた。恐怖から逃れるため、お守り代わりとして薬師如来の仏様を握りしめながら、一心不乱に法華経を念じたようである。

 

 そうこうしているうちに大蛇がやってくることになるが、念仏の法力が効いたものか、大蛇は次第に弱っていった。これに気が付いた小夜姫が、ここぞとばかりに、経文を投げつけたところ、それが大蛇の角に当たって砕け落ち、大蛇自身も死んでしまったというのだ。その角を葬ったのが角塚で、胴体は大塚に埋めたとも。同名の角塚古墳がすぐそばにあるが、これは5〜6世紀に築かれたとみられる日本最北の前方後円墳。もちろん、大蛇が葬られているわけもないが、果たして? その後、小夜姫を加護した薬師如来を祀るための薬師堂(久須志神社境内)を建立した後、小夜姫は松浦へと帰っていったという。

 

 また、後に近江国の竹生島(ちくぶしま)弁財天として、琵琶湖に浮かぶ竹生島の都久夫須麻(つくぶすま)神社(竹生島神社)で、水の神様として祀られるようになったといわれることもあるが、その経緯及び真偽のほどは不明である。

 

 ちなみに、『鬼滅の刃』に登場する鬼殺隊の胡蝶しのぶは、自らの命を代償として鬼の童磨を撃退した女性。その心意気は、佐夜姫と通じるものがありそうだ。童磨の首を斬ってトドメを刺した栗花落(つゆり)カナヲも、人買いに売られたという悲しい過去を持つ。その生い立ちもまた、似たところがあるのだ。

 

(次回に続く)

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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