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八岐大蛇~素戔嗚尊の魅力を引き立てた奇怪な怪物

鬼滅の戦史⑮

八岐大蛇は鉄資源を握る大富豪?

素戔嗚尊『神代物語』/国立国会図書館蔵

 八岐大蛇(やまたのおろち)といえば、『古事記』や『日本書紀』にも登場する怪物で、8つの頭と8つの尾を持つという奇怪さが特徴的である。もちろん、日本最古級の妖怪といっても過言ではない。悪事を働いたとして高天原(たかまがはら)を追放された素戔嗚尊(すさのおのみこと)が、出雲(葦原中国[あしはらのなかつくに]か)に降り立った後、最初に取り掛かったのが、この大蛇退治なのである。生贄(いけにえ)にされそうになっていた稲田姫を妻として貰い受けることを条件として、果敢にこの大蛇に立ち向かっていったのだ。

 

 舞台は、島根半島の南。宍道湖(しんじこ)に流れ込む斐伊川(ひいかわ)流域である。そこには、八岐大蛇が住んでいたという天が淵や、大蛇が首を突っ込んで酒を飲んだという八口神社境内の壺、稲田姫生誕の地と伝えられる稲田神社等々、大蛇退治ゆかりの史跡が目白押しである。度々氾濫するところから、俗に暴れ川とも呼ばれて恐れられた斐伊川、その中流域において、よく醸した酒を8つの壺に入れて大蛇をおびき寄せたという。

 

当時暴れ川だったと言われた斐伊川 写真/藤井勝彦提供

 大蛇がそれを飲み干して酔いつぶれたところを、メッタ斬りして見事退治。その後、須賀の地に移って幸せに暮らしたとか。その時詠んだとされるのが、「八雲立つ 八雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を」という短歌であった。なんとものどかな情景である。

 

 ところが、この伝承、単なる作り話と思ったら大間違い。正史ともいうべき『記紀』に長々と記録されている以上、そこに編纂者の何らかの思惑があったことは間違いない。むしろ、前提となる史実があって、それを神話風にアレンジしたものと考える方が自然なのである。

 

 では、その前提となる史実とは一体どのようなものだったのだろうか? ここで参考にしたいのが、文筆家・小椋一葉氏が著した『消された覇王 伝承が語るスサノオとニギハヤヒ』である。オロチ(八岐大蛇)とは、現島根県木次町を拠点としていた大富豪のことで、出雲の鉄資源を一手に握っていた豪族を投影したものという。

 

 ところが、この勢力が、鉄穴流しに必要な樹木を大量に切ったことで、斐伊川の氾濫をまねいた。下流域の人々が苦しんだことはいうまでもない。さらに、稲田姫とは、そのオロチ族が支配する地域に住む農家の娘で、美女狩りによって連れ去られようとしていたところを、素戔嗚尊が救出。オロチ族をも滅ぼしたことが、この伝承の元となったというのである。松江市にある八重垣神社は、オロチ族から姫を守るために隠れ住まわせたところで、雲南市にある須賀神社は、素戔嗚尊が築いた政庁跡とのこと。その後、全国制覇へと乗り出していく…との、何ともワクワクするような説を展開させているのである。それがどこまで本当のことなのか検証すべきであるが、なるほどと頷けるところが多いのだ。

 

八岐の大蛇が住んでいたとされる天が淵 写真/藤井勝彦提供

 また、大蛇退治の舞台は出雲ではなく、大分県の宇佐八幡宮に伝わるものであるとの澤田洋太郎氏(『出雲神話の謎を解く』など)の説も見逃せない。素戔嗚尊とは、本来、応神天皇の父・ホムダマワカ(誉田真若)のことで、奇稲田姫(稲田姫)とは、宇佐女王であった金田屋野姫(かなたやのひめのみこと)こと天照大神(あまてらすおおかみ)と見なしている。その上で、高天原からやってきた天孫族が、北九州甘木における第一次邪馬台国を建設。後に宇佐へ移って、第二次邪馬台国を打ち立てたとみる。そこに危害を加えようとしていたのが八岐大蛇で、その危難から天照大神を救わんとしたのが、素戔嗚尊だったというのだ。

 

 興味深い説は、これだけではない。八岐大蛇とは、高志こと越の国(新潟県など)からやってきて出雲の人々を苦しめていた豪族のことと見なすのが、『葬られた王朝』を著した梅原猛氏。素戔嗚尊を新羅からの渡来氏族と捉え、これが中国江南からやってきた安曇族を象徴的に語った八岐大蛇を征したと見なすのが、『渡来人の遺跡を歩く1山陰・北陸編』の著者・段煕麟氏である。いずれも、さもありなんと思えるようなものばかりで、どの説を正解とみなすべきなのか、判断に迷ってしまうのである。

 

成敗した素戔嗚尊こそ理想の男性像?

 

 ちなみに、出雲には八岐大蛇ばかりか、討伐した側の素戔嗚尊ゆかりの史跡も多い。中でも、若い女性に人気が高いのが、稲田姫をかくまったとされる八重垣神社だろう。主祭神は、素戔嗚尊と櫛稲田姫(稲田姫)。二人の出会いがロマンチックだったせいか、社殿後方の「鏡の池」で繰り広げられる「良縁占い」が大人気。もちろん、ここでは素戔嗚尊自身の人気も格別である。命を賭してか弱き女性を救ってくれたのだから、男の中の男であることは間違いない。その益荒男(ますらお)に、女心がくすぐられるのも、さもありなんというべきか。

 

 実は、これと似たようなケースが『鬼滅の刃』にも見られる。兄・竈門炭治郎(かまどたんじろう)が妹・禰豆子(ねずこ)を、まさに命を賭して守り抜こうとする姿と、イメージがだぶるのである。妹を守るために必死に戦い抜こうとする炭治郎。その男気に、理想の男性像を見出すからなのかもしれない。

 

 このアニメの人気を支えるのは、いうまでもなく小・中学生であることは間違いないが、昨今はうら若き女性たちまでもが虜になっているという。おそらく炭治郎を、「女を守り抜くために必死で戦ってくれる逞しい男」ととらえ、その女を自身に置き換えて、快感に酔いしれたからなのかもしれない。また、成敗される側の鬼たちが強ければ強いほど、成敗する側の魅力が引き立てられていく。八岐大蛇が、これ以上ないと思われるほど奇怪な姿とされたのも、結果として、素戔嗚尊の後半生のイメージアップに繋がったようである。存外、それが『記紀』編纂者の狙いであったのではないかという気もするのだが、考え過ぎだろうか?

 

(次回に続く)

 

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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