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鬼一口 (おにひとくち)〜十二鬼月の次席・童魔を思わす女好きな鬼の正体とは?

「鬼滅の戦史」第19回

食われた死者だけが知る人喰い鬼の実像

『百鬼夜行拾遺』鳥山石燕画/国立国会図書館蔵

 鬼一口とは、何とも思わせぶりで、人を食ったような名前である。一口で人をガブリと飲み込んでしまうような、巨大な鬼を言い表しているようにも思えるが、その実、どのような姿であったのかは不明。なぜなら、誰もその姿を見たものがいなかったからである。さすがに、食われた当の本人こそは、断末魔において目にしたはずであるが、死んでしまった以上、誰にも語ることができなかった。言わずもがなである。

 

 それにもかかわらず、こんな名前の鬼がいたと言い伝えられるのはなぜか? 今回は、これがテーマである。ただし、実のところ、これが鬼の名前であったのか、あるいは鬼に一口で飲み込まれたことを言い表す言葉なのかは不確かである。実体のないものに名前をつけようもないということなのかどうかわからないが、ここではひとまず、名前とみなして話を進めることにしたい。

 

鬼に食われた!?『伊勢物語』の第六芥河の段に登場

 

 この名前が最初に書に認められたのは、平安初期に編纂された『伊勢物語』である。その第六芥河(あくたがわ)の段に登場する。この歌物語は、いずれの段も「昔、男ありけり」で始まるのが特徴的だが、この「男」というのが、平安朝きってのプレイボーイ・在原業平(ありわらのなりひら)のことを指していることはいうまでもない。平城天皇の孫でありながらも、父・阿保(あぼ)親王が「薬子(くすこ)の変」に連座したこともあって臣籍降下。以降、在原姓を名乗った人物であった。本流を外れたことでタガが外れたのかどうか定かではないが、女癖が悪いことでは定評があった。

 

 その男が、幾年も求婚し続けていたにもかかわらず、想いが遂げられなかった「ある女」を強引に盗み出し、芥河(淀川の支流か)のほとりまで担いでいったところから物語が始まる。雷が轟くような悪天候の中での逃走劇であった。夜も更けたので一夜を明かそうと、途中にあったあばら家の倉に女を押し込め、自身は見張り役として、戸口で見張っていたという。夜も明けたので中を覗くと、何と、もぬけの殻。それを男は、「鬼はや一口に食ひてけり」(鬼が一口で食ってしまった)というのである。鬼が食ったという証拠は何もないのだが、そう言い表すなりの事情があったのだろう。

 

 ちなみに、盗み出された「ある女」というのは、後の二条の后(きさき)であったことも明記している。二条の后とは、清和天皇の女御で、後に陽成天皇の母となった藤原高子(ふじわらのこうし)のこと。その参内する前の、若かりし頃のことである。天皇の后の座を狙っていた高子の親兄弟からしてみれば、平城天皇の孫とはいえ、すでに本流を外れてしまった業平など、鼻にもかけなかったことは容易に推察できそうだ。実は、「鬼が食った」というのは戯言で、その実、高子の兄の藤原国経(くにつね/大納言)と藤原基経(もとつね/堀川大臣)らが高子を奪い返したことを鬼に食われたかのごとく言い表したのだと、種を明かしている。

 

平安京内に死体がゴロゴロ

 

 この説話は、平安後期に編纂された『今昔物語集』(二七の七)にも登場するが、そこでは、この男をはっきりと右近中将在原業平と明記した上で、似たような話を繰り広げている。ただし、二人が同衾(どうきん)するなど、設定は多少異なる。雷に驚いて太刀をひらめかしているうちに、女は頭と着物だけを残して忽然と消えてしまったとも。何者かは不明ながらも、怪しげなるものに襲われたという状況証拠だけが残るのである。ここではあくまでも鬼の仕業であったと言い張ったまま、話を終えているのだ。『今昔物語集』が『伊勢物語』をネタ元として記事の構成を練り直していることから鑑みれば、話をより面白おかしく書き立てるために、女の首などの状況証拠を残して、さも鬼に襲われたかのように創作を加えたことは十分考えられるところである。しかし、仮にそうだったとしても、当時の社会情勢を振り返ってみれば、鬼の名を持ち出したくなるような状況であったことも見逃すべきではないのだ。

 

 実はこの話、平安京の構造上の問題点が絡んでいたと考えられるのだ。この都には、庶民を葬るための葬地が、十分設けられていなかった。埋葬地としては東山の鳥辺野などが知られているが、それだけでは足りず、鴨川や桂川の河原にまで、平然と遺体が打ち捨てられたというのが実情であった。

 

平安時代、遺体が打ち捨てられていたという桂川/藤井勝彦撮影

 当時は遺体を野ざらしにして葬るという風葬が当たり前で、鳥がついばみ、野良犬が貪り食う光景が日常茶飯であった。おそらく、庶民は、無残にもバラバラになった遺体を目にすることが多かったのだろう。時には遺体を食い漁って味をしめた野犬などによって、か弱い女性やお年寄り、子供たちまでもが、生きたまま襲われることがあったに違いない。これらの人々が突然のようにいなくなったわけだから、神隠しにでもあったか、さもなくば、鬼に食われたと思い込んだに違いない。

 

 ここで名が持ち出されたのが、鬼一口だった…というわけである。業平が突如姿を消した女を鬼に食われたと言い表したのも、さもありなんと思われるのだ。これは多分に、筆者の推察が混じっているが、存外、真理を突いているのでは…という気がするのだが、果たして?

 

 ちなみに、『鬼滅の刃』に登場する鬼たちは、いうまでもなく、すべて人間を食う鬼であるが、中でも女ばかりを狙ったという沼の鬼が、ここに紹介した鬼一口に通じるものがありそう。16歳になったばかりの娘を好んで喰ったというだけでなく、女が身につけていた髪飾りなどを収集していたというから、相当な変質者である。女好きという点では、在原業平とも通じる。十二鬼月(じゅうにきづき)の次席・童魔(どうま)も女好きだが、こちらは沼の鬼と違って超イケメン。業平もかくありなんと思いたくなるのだ。

 

(次回に続く)

 

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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