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「ワレニ追イツク敵機ナシ」:彩雲艦上偵察機

第2次大戦:蒼空を翔け抜けた「スパイ・アイ」 第5回 ~戦況を左右する敵情を探る「空飛ぶ目」 偵察機列伝~

日本海軍機の最高速となる時速約640キロを記録

艦上偵察機「彩雲」。乗員は3名で、極限まで空気抵抗を低減した機体であることがわかる。武装はコックピット後端に旋回機銃1丁を備えた。

 第2次大戦中、「浮かぶ航空基地」こと空母を実戦で使用したのは、アメリカ、イギリス、日本の3カ国のみであった。この空母には、搭載できる艦上機の数に限りがある。そのため、1機種がいくつもの任務をこなせれば、搭載する機種が減らせるうえ、必要に応じて、それぞれの任務に従事する機数を容易に増減できる。

 

 このような発想から、各国とも艦上機は、水平爆撃機兼雷撃機、戦闘機兼急降下爆撃機といった兼用できる機種の開発に余念がなく、ましてや偵察機ともなれば、それはどれかの機種の副次的な任務にしてしまえばよい、ぐらいに考えられていた。

 

 例えばアメリカ海軍では、ダグラスSBDドーントレスやカーチスSB2Cヘルダイヴァーといった艦上急降下爆撃機が、また、イギリス海軍ではフェアリー・ソードフィッシュ艦上攻撃機が、それぞれ偵察任務に従事するケースが多かった。また、大戦中期以降になって機載レーダーやカメラ、長距離通信機の性能が向上すると、1人乗りの艦上戦闘機であるヴォートF4UコルセアやグラマンF6Fヘルキャットなども、容易に偵察任務に携われるようになった。

 

 だが日本海軍は偵察にことさら力を入れており、中島飛行機に対して、高速の艦上偵察専用機を開発するよう要請した。十七試艦上偵察機と呼ばれたこの機体は、太平洋戦争初期の1942年6月に試作が始まり、1944年中頃に艦上偵察機「彩雲(さいうん)」として制式化された。

 

 2000馬力級の誉二一型空冷エンジンを搭載し、究極まで空気抵抗を削減した「彩雲」は、試験飛行時に時速約640キロという当時の日本海軍機の最高速を記録。量産機になってからやや性能が低下したが、それでも高速機であることに間違いなかった。

 

「ワレニ追イツク敵機ナシ」。これは、偵察に出撃した「彩雲」が敵戦闘機に追撃されたものの、見事に振り切って虎口を脱した際に発した報告電文と伝えられる。

 

 だが「彩雲」が部隊配備された時期は、すでに日本空母で実戦に参加可能な艦が払底した状態だった。そのため本機は、ほとんど空母運用には供されず、陸上基地から発進して偵察飛行を実施した。特に日本周辺の洋上偵察、沖縄方面への特攻機の誘導やその戦果確認などに活躍。斜め銃を搭載した対B-29用の夜間戦闘型も開発されたが、これは実戦には間に合わなかった。

 

 戦後、アメリカは鹵獲(ろかく)した日本機をテスト飛行に供したが、同国製の高品質の燃料とエンジンオイルを使用した「彩雲」は、最大速度時速約694キロという高性能ぶりを発揮。アメリカ側技術者を驚かせたという。

 

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白石 光しらいし ひかる

1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。

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