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外観は酷似していても中身は別物:スーパーマリン・スピットファイア写真偵察機

第2次大戦:蒼空を翔け抜けた「スパイ・アイ」 第4回 ~戦況を左右する敵情を探る「空飛ぶ目」 偵察機列伝~

“チャスタイズ”作戦や“マーケット・ガーデン”作戦などで活躍

スーパーマリン・スピットファイア PR.Mk.XI。ご覧のようにその外観からは戦闘機型との区別がきわめて難しく、ましてや飛行中ともなれば、敵機から識別するのはほぼ不可能であった。

 スーパーマリン・スピットファイアといえば、搭載された名エンジンのロールスロイス・マーリンとともに、薄命の天才航空機設計技師レジナルド・ジョセフ・ミッチェルの手になる、第二次大戦中のイギリスを代表する傑作戦闘機である。

 

 主戦場をヨーロッパと想定して開発されたイギリスやドイツの単発戦闘機は、地勢的に前進基地を設営しやすいので開発時に航続距離には重点を置かない傾向があり、スピットファイアも「足が短い」戦闘機であった。かのバトル・オブ・ブリテンで勇戦できたのも、自国の上空が戦場であり、ガス欠になったらどこでもよいから味方の基地に着陸すれば給油できるという、きわめて有利な条件が整っていたからである。

 

 だが、スピットファイアの飛行性能の優秀性は折り紙付きであり、イギリス空軍はこの傑作機をなんとか偵察機にできないかと考えた。ベースが戦闘機なので、もし敵の戦闘機に迎撃されても、振り切って逃げることが可能だからだ。

 

 しかし偵察機は、必要に応じて敵領内深くまで飛行するなど長距離飛行能力が必須であり、オリジナルのスピットファイアではあまりに航続距離が短すぎた。

 

 そこでスピットファイアに改造を施して、写真偵察機を生み出すという計画がスタートする。各部の軽量化と主翼内も含めた燃料タンクの増設が行われ、さらに増槽タンクも装備することで航続距離は飛躍的に延びた。加えて一部の機体には与圧システムが装備され、高高度飛行が可能とされた。

 

 こうして誕生したスピットファイア写真偵察型は「PR」の略号を付与され、外観こそ戦闘機型に酷似しているが、中身は相当に異なる航空機となった。そして蒼空に溶け込むようにPRUブルーと称されるスカイブルー1色に塗装され、高空を単機で敵領空深くまで飛行し、航空写真偵察に従事したのである。

 

 スピットファイア写真偵察型が活躍した有名な例では、ルール地方のダムを特殊爆弾で爆撃した「チャスタイズ」作戦の戦果確認撮影や、失敗に終わった「マーケット・ガーデン」作戦の事前低空写真偵察などで目覚ましい成果をあげている。

 

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白石 光しらいし ひかる

1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。

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