維新の時代に“公”と“理”に尽くした男の悲哀を描く『天を測る』
『歴史人』がいま気になる歴史小説・ 第3回
今野敏初の本格歴史小説は佐幕派のテクノクラート・ 小野友五郎が主人公
明日の風向きが読めない激動の時代で、身分の低い下級武士も社会の変革に関わった幕末。歴史小説の一大ジャンルでもある、この時代の人気ぶりは、今の日本に「日本維新の会」「れいわ新選組」といった政党があることからも明らかだろう。
そして、この時代で特に人気が高いのは、倒幕と明治維新に尽力した志士たち。古い秩序を壊し、新しい社会を作った人間が感情移入されやすいことは大いに納得できる。
だが、作家・今野敏の新作小説『天を測る』は、倒幕派ではなく佐幕派の小野友五郎が主人公。同作は、警察小説やミステリーで名高い著者初の本格歴史小説。一般には馴染みの薄く、感情移入も難しい佐幕派の人物を主役としつつ、読み応えのある小説に仕上げている点はさすがの一言だ。
主人公は勝海舟の同窓生の科学技術者
小説の内容に言及する前に、小野友五郎がどんな人物なのかを簡単に説明しておこう。
小野友五郎(1817年~1898年)は江戸時代末期から明治時代にかけて、科学技術者・海軍軍人・財務官僚として活躍した人物。なお海軍伝習所では勝麟太郎(勝海舟)が同窓生だった。
そして万延元年(1860年)には、勝を運用の実質的責任者、小野を測量方兼運用方(航海長)として、ともに咸臨丸(かんりんまる)での渡米を達成。帰国後は航海中の小野の功績が特に評価され、将軍への直接の謁見も果たしている(なお勝は謁見を許されなかった)。
その後の彼の人生は、『天を測る』の物語のなかで確認してほしいのだが、同作のおもしろさは、佐幕派である小野の考え方や立ち振舞が、勝海舟ら明治維新の表舞台で活躍した人物と対比的に描かれていることだ。
激動の時代に理に尽くし、公に尽くした人生の悲哀
世の中の真理を「単純で美しい数式で表現できる」と考える科学者の小野は、咸臨丸での観測でも天賦の才能を発揮するが、必要な物事を淡々と処理するのみで、その行動に派手さはない。
一方の勝は、航海中は船酔いで船室に閉じこもるも、無事に米国に到着すると喜色満面で現地の人々と交流。「世渡り上手」「口八丁」とも言われる彼の“らしさ”は本書でも存分に描かれているが、小野は米国滞在中も造船所の見学を続け、帰国後の軍艦製造の準備を着々と進めていた。
また咸臨丸には福沢諭吉も同乗していたが、彼は公費か自費か分からぬ金で書物を買い漁る「何事につけ自分が大切」な人物として描写されている。一方の小野は「ご公儀(江戸幕府)」を大事にする人物として描かれており、この点も対称的だ。なお小野は尊皇攘夷を主張する勢力に対しても、「いったい何がしたいのでしょうか。私には理解できません」との見解を示していた。
では、のちの歴史はどうなったか……というと、それはみなさんのご存じの通り。古き公権力のために理を尽くした勢力は滅び去り、常識外の振る舞いをする人物や、大言壮語で人を惹き付ける人物が激動の時代には脚光を浴びた。
本書は、そんな幕末のテクノクラート(技術官僚)の悲哀を描いた物語でもあるのだ。弁が立つ人物が代表を務める「日本維新の会」「れいわ新選組」が支持される今の時代に読むと、「理に尽くす生き方の難しさ」もひとしおに感じられる内容ともいえる。