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隠れた傑作軽戦車95式(日本)

第2次大戦:軽戦車列伝 第5回 ~結果として誕生した軽量級戦車の明と暗~

過酷な戦場でも故障知らず、だが弱点も多く「鉄の棺桶」と呼ばれることも

アメリカ軍に鹵獲(ろかく)されて検分に供されている95式軽戦車。日本兵に比べてアメリカ兵は大柄なので、本車の小ささがよくわかる比較写真となっている。

 日本陸軍は、1930年代に「戦闘の主力となる軽戦車、それを支援する中戦車」という戦車の運用構想を案出した。これは、当時としては世界的に見ても標準的な考え方であり、妥当なものである。

 

 そして、かような運用構想を具現化するべく、日本陸軍は95式軽戦車(秘匿名称は「ハ号」)を開発した。

 

 全備重量7.4t、最大装甲厚は砲塔で12mm、最大速度40km、乗員は車長、操縦手、機関銃手の3名、武装は37mm砲1門と機関銃2挺。このように95式軽戦車は、軽戦車としてもきわめて小型なことがわかる。しかし、本車が実用化された1936年当時の世界水準では、かなり優れた軽戦車といえた。

 

 ところが、1930年代は世界の戦車技術が急速に発達した時期でもあり、日本が太平洋戦争に突入した1941年末期になると、すでに95式軽戦車では、あらゆる面で不足が生じ始めていた。そのため、太平洋戦争が勃発してアメリカのM3スチュワート軽戦車と対戦すると、一方的な負け戦を強いられることが多かったが、これはスチュワートの方が、開発時期が新しかったがゆえにやむを得ない。

 

 とはいえ、戦場での兵器は新しかろうが古かろうがそんなことはお構いなく「敵に勝ててなんぼ」である。その点で95式軽戦車は残念な戦績しか残していないが、闘魂溢れる乗員の練度の高さが兵器としての劣勢を補い、スチュワートはもとより、M4シャーマン中戦車をも撃破したケースすら散見される。

 

 95式軽戦車は機械的信頼性に優れており、これに既述した日本軍戦車兵の練度の高さも手伝って、あらゆる車両にとり過酷な運用環境といえる戦場で、「故障知らず」で運用できた。これは本車の大きな長所であり、時に「弱すぎる傑作戦車」と称される所以でもある。

 

 一方で、車重の関係から装甲厚の向上は見込めず、これは弱点のひとつであった。また、搭載している37mm砲も世界の同口径戦車砲に比べて威力が弱く、これも95式軽戦車の弱点といえた。

 

 このように弱点が多く、まさに「鉄の棺桶」のように言われることもある95式軽戦車だが、日本陸軍もドイツやソ連と同様に突撃砲型の自走砲として、37mm砲よりも強力な47mm砲を搭載した、試製547mm自走砲ホルを試作まで漕ぎ着けていた。その完成時期が終戦間際だったため、実戦での活躍はなかったが、ホルがもし実戦に投入されていれば、シャーマンと互角とまではいかないものの、そこそこに戦えたのではないかと思われ、惜しかったといえよう。

 

 なお、敗戦後も生き残った95式軽戦車の一部は、牽引車やブルドーザー、警察の警備車などに改造され、戦後復興期に民間で再活用されている。

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白石 光しらいし ひかる

1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。

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