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最寄りバス停から山道を5キロ以上…コアな寺社マニアおすすめの大阪にある“重要文化財の多宝塔”【行きづらい神社】

神社仏閣好きラノベ作家 森田季節の推し寺社ぶらり【第46回】


※移動には公共交通機関を利用しています。

古風な佇まいの岩湧寺の多宝塔

■歴史巡りに関して最強と言える都市、河内長野市

 

 大阪府南部に文化財が集中している自治体があります。その名は河内長野市。この市には国宝の金堂を有する観心寺(かんしんじ)、日本最古の多宝塔が残る金剛寺などわざわざ観光で訪れる価値のある、すごい寺院があります。さらに烏帽子形八幡神社(えぼしがたはちまんじんじゃ)、長野神社など本殿が重要文化財の神社も複数あり、また河内長野駅と三日市町駅(みっかいちちょうえき)の間は高野街道の古い街並みもよく残っています。さらに烏帽子形八幡神社の裏手にある山城の烏帽子形城も遺構がよく残っており、まさに歴史巡りに関して最強と言える都市です!

 

 ただ、唯一の弱点とでも言えるのが、大寺院が駅から大きく離れており、バスに乗らないとたどり着けないこと。しかも観心寺と金剛寺の二大巨頭はほぼ駅をはさんで真逆みたいな場所にあるので、効率のいい観光がなかなかできません。さらに実は二大巨頭などよりはるかにアクセスの悪い寺院がもう一つあります。

 

 葛城修験の行場の岩湧山中腹にある岩湧寺(いわわきじ)です。重要文化財の多宝塔があります。こちら、最寄りバス停から約5キロ以上の距離があり、もはや最寄りでも何でもないのですがタクシーやマイカーがなければほかに手段がありません。山岳寺院なのだし修行のつもりで歩こうと一番近くまで行けるバスに乗りました(なお、7年ほど前のため、今とバスダイヤが変わっている可能性はあります)。

 

岩湧寺は岩湧山の山腹(標高500m)にある。湧くように険しく高い岩場が立つ風景から「岩湧」と名付けられたという

 南青葉台口のバス停で降り、黙々と歩きます。距離は長いですが、渓流沿いのため、歩行はそこまで苦にはなりません。約80分歩いて無事にお寺には到着。冬に訪れたせいもあり、空気がおいしいというより、冷たいです。滝も見ることができて、わざわざ歩く価値はじゅうぶんにありました。

 

 実は岩湧寺参拝後も話は続きます。参拝時点で時刻はほぼ14時頃。小走りで移動し、約1時間後に発車するバスに乗って帰る予定でした。この日、観心寺はすでに拝観していたものの、金剛寺のほうはまだ拝観できていませんでした。もちろんそちらも訪れたかったですが、その日は真冬で交通機関を使って移動すれば確実に日が暮れます。こればっかりはしょうがない、金剛寺はそのためだけにまた訪れる価値があると来た道を小走りで下っていきました。もしバスに間に合わなかった場合、身動きができなくなるからです。

岩湧寺は修験道の開祖である役小角が開基したと伝わる

 と、1キロ半ぐらい走ったところで、山から下りてきた車が自分の少し前で停車。登山客らしき人が顔を出して、こう言いました。「走ってるけど、もしかして急用? 途中まで乗る?」

 

 ありがたく乗せていただきました。その方は登山目的で来ており、山の上が雪積していたため諦めて引き返してきたとのこと。おかげで1日数本しかないバス路線の発着バス停「神納(こうの)」(往路とは別の場所の、時間的に絶対乗れないので諦めていた系統)に発車2分前に到着! 三日市町駅に着くとすぐにタクシーに乗り込むことで金剛寺も存分に参拝することができました。

 

 もちろん乗せてくださった登山客の方には感謝しかありませんが、一方で「こちらにもせっかくだから参拝しなさい」と仏様が導いてくれたのではという気もしています。

 

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森田季節もりたきせつ

1984 年生まれ、兵庫県出身。作家。東北芸術工科大学特別講師。京都大学文学部卒業、京都大学大学院文学研究科修士課程中退(日本史学専修)。大学院在学中の2008年、『ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート』で第4回MF文庫Jライトノベル新人賞優秀賞を受賞してデビュー。主な著書に『スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました』(GAノベル)、『物理的に孤立している俺の高校生活』(ガガガ文庫)、『ウタカイ 異能短歌遊戯』(ハヤカワ文庫)などがある。

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