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自分に恋する侍に斬り殺された遊女・松風の悲劇 朝ドラ『ばけばけ』に登場した幽霊の不可解な物語とは?

日本史あやしい話


連続テレビ小説「ばけばけ」の舞台となった島根県松江市。そこに伝わるのが、遊女・松風の幽霊のお話である。愛しの相撲取りとの恋路を邪魔だてする若い侍。その男に追いかけられる遊女。とあるお寺へ逃げ込んだものの、とうとう逃げきれず、逆上した男に斬り殺されてしまうというお話であった。しかしこのお話、実のところ、合点がいかないことが少なくない。いったい、どういうことなのだろうか?


 

■ストーカーに斬り殺された遊女・松風の悲運

 

 朝の連続テレビ小説「ばけばけ」に登場する最初の怪談話が、遊女・松風の幽霊のお話である。ヒロインの松野トキ(高石あかり)が親戚のおじ・雨清水傳(堤真一)に連れられてランデブー(逢引)したという、とあるお寺が舞台であった。実際にドラマの撮影に使われた場所は別なところのようであるが、伝説が伝えられてきたのは、宍道湖の北に位置する清光院である。

 

 ドラマでは、松風の幽霊話がもう一度登場する。2度目は、見合い相手の山根銀二郎(寛一郎)と共に清光院へ向かうという設定。怪談話で意気投合したところで、結婚へと話がトントン拍子に進んでいくのだ。

 

 女は境内の井戸の近くで斬り殺されたことになっているが、この井戸は、どうやらセットで作られたものとか。それでもそこに染み込む血の跡は生々しく、思わず息を呑んだ方も多かったに違いない。

 

 ここからは、その話も元となった言い伝えとしての幽霊話に目を向けることにしたい。主人公は、和田見町に住む一人の芸者・松風である。和田見といえば、かつての出雲における三代遊郭(和田見、杵築、美保関)の一つで、今も当時の面影を残す建物が残っている。

 

 場所は松江大橋の東、大橋川の南側に広がる一帯で、松風はそこから、橋向こうに住む相撲取りの男の元へ通う毎日だったという。

 

 その恋路を邪魔だてしようとするのが、とある若い侍であった。この侍、実は松風に首ったけで、彼女をものにしようと追いかけ回していたのだ。現代風に言えば、ストーカーという辺りだろうか。

 

 ある夜のこと、いつものように昼間の逢瀬を楽しんで、松江大橋を渡ろうとした時のことである。そこに、例の若い侍が橋の近くに待ち構えていたからビックリ! 男が、思い余って女を羽交い締めに。もちろん、女が必死で振りほどこうとしたことはいうまでもない。だが、すでに辺りは暗闇に包まれ、行き交う人は見当たらない。助けを求めようとしても無駄であった。それでも、かろうじて男の手を振りほどくや、一目散に知り合いの住職がいる清光院に匿ってもらおうと逃げ延びたのだ。冷たくあしらわれ続けていた若い侍、思いが成し遂げられないと知るや、とうとう頭にきて、女に殺意を抱いてしまったというわけである。

 

 必死に逃げる女と、追いかける男。かろうじて清光院へとたどり着いて階段を駆け上ったところで追いつかれてしまった。門をくぐって位牌堂の前まで来たところで、背後から刀でバッサリ。ついに、こと切れてしまったのである。

 

 翌朝、住職が横たわる女を見て息を呑んだ。斬り殺された女の体から流れ出た血が、ベッタリと辺り一帯にこびりついていたからである。住職がいくら洗い流そうとしても、染み付いた血の跡が消えることはなかったとか。その後女は、清光院の竹藪の中に葬られたものの、以降、不思議なことが起きたという。

 

■名前がない相撲取りと若い侍の謎

 

 その一つが、この竹藪の中に刃物を置いておくと、いつの間にかなくなってしまうということであった。今も竹林を手入れする庭師たちが、刃物をけっして体から離さないのは、そのためだとか。

 

 また、この竹林で謡曲「松風」を歌うと、松風の幽霊が現れるとの話も言い伝えられている。かつてこの謡曲をここで歌った武士がいたようで、そこで見たのが真っ赤な着物を纏い、髪を振り乱した遊女の姿だったとか。いうまでもなく、遊女・松風のことを言い表しているのだろう。ただし、謡曲に登場する松風は須磨の海女のことで、ここの登場する遊女・松風とは別人。名前が同じというだけで話を混同させているのはなぜか? これも少々、解せないところである。

 

 解せないのは、それだけではなかった。そもそもこのお話、遊女・松風が恋路に落ちた相撲取りばかりか、彼女を斬り殺した若い侍にも、名前がない。どんな男だったのかも一切不明。ただ単に遊女が斬り殺されて化けて出たとの話だけが言い伝えられているのだ。これはよく語られるところの伝説には、あまり見かけられないことゆえに、どうにも合点がいかないのだ。そこに隠すべき何らかの理由があったのかも…と、つい勘ぐってしまうのは、筆者だけだろうか? この謎解きにチャレンジしてくださる方はおられないだろうか? 大いに期待するところである。

松江大橋/撮影:藤井勝彦

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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