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渋沢栄一が嫌悪した「綿羊娘(ラシャメン)」 外国人の「現地妻」として性の相手となった女性たち

炎上とスキャンダルの歴史


■外国人男性の「妾」となった女性への差別

 

 「爽やかさ」が必須の朝ドラ『ばけばけ』に、高収入業種として「ラシャメン(洋妾)」が登場したので、歴史業界が震撼しています。

 

 これは当時、まだまだタブー視されがちだった国際恋愛・結婚をすることになるヒロインの松野トキ――作家ラフカディオ・ハーンの妻となるセツがモデル――にも関係ない話ではなく、今後のドラマを理解するためにも、史実の「ラシャメン」について知ることは悪くはないでしょう。

 

 ドラマの「ラシャメン」は、歴史用語としては「綿羊娘」と書かれ、「らしゃめん」とフリガナされ、幕末~明治初期の横浜の暗部を象徴する存在でした。なぜ「羊」なのかというと、安政元年(1854年)の「日米和親条約」によって開国してまもない時期の日本人には、海の彼方の遠国から蒸気船に乗り、日本を目指してやってくる外国人船員たちの性処理道具が船上で飼われている羊に違いないと思えたから……なんですね。もちろん史実性はありません。

 

 さらに日本人に比べて体毛が濃い外国人は、当時の日本人の目には「羊」みたいに見えたから、彼らに金目当てで抱かれる娘のことは「綿羊娘」となったわけです。冒頭からなかなかにシビアなワードだらけですいません。

 

 しかし幕末当時、「綿羊娘」と呼ばれた外国人向けの遊女たちが激しく嫌悪され、差別されていたことがわかると思います。横浜にあった港崎遊郭(みよざきゆうかく)の岩亀楼の遊女たちが「綿羊娘」として――つまり外国人男性のお相手をして稼ぐギャラは1ヶ月あたり10両ほど。人気遊女であれば、その2倍は軽く稼ぎました。当時の1両=10万円として換算すれば、100万円~200万円(以上)という異常高収入です。

 

 外国人嫌いが目立つ幕末志士には、「国辱の象徴」が岩亀楼の「綿羊娘」だったのですが、興味深いことに「綿羊娘」たちは、自分たちこそ志士であるかのように考えていたこと。少なくとも「岩亀楼」の経営陣は、娘たちにそう教え諭していました。

 

 要するに開国日本の経済が低迷している理由は、日本から外国に金貨・銀貨が大幅に流出したからですが、「綿羊娘」が外国人と寝て、それを国内に取り戻してやってるんだぞ!という「逆転の発想」です。

 

 ちなみに大河ドラマ『べらぼう』でも、江戸中後期の吉原で遊女たちが命を削って売春している姿が描かれていますが、明治以降の吉原でもひっきりなしに客を取らされ、心身が摩耗していく遊女はたくさんいました。

 

 それに比べて、岩亀楼の「綿羊娘」は、裕福な外国人男性客を、固定~半固定で担当するだけ。つまり彼らの現地妻としてOMOTENASHIするのがお仕事なので、不特定多数にめちゃくちゃにされる吉原よりずっとマシ。ただ、当時の日本人にとって、外国人男性――とりわけ体毛や体臭がきついとされた白人男性のお相手はしんどかったようですけどね。

 

 それでも外国人男性相手の愛人業は儲かったので、貧しい日本の男性と結婚するより、むしろ「綿羊娘」――つまり外国人の愛人となることを目指す素人女性もたくさんいたそうです。

 

 このあたりが、渋沢栄一など幕末の尊攘派志士にとっては怒りの的でした。渋沢は昭和初期に刊行された『幕末開港綿羊娘情史』という書籍に序文を寄せ、「外人の金権勢力が(日本人の)婦女子の心理をも浸蝕した事実に驚かざるを得なかった」と書いているわけですが、岩亀楼のオープニングスタッフの30人の遊女たちの出身地は現在のさいたま県、もしくは多摩地方でした。渋沢の故郷・血洗島(埼玉県深谷市)からもそう遠くなく、「外国人の男に日本が乗っ取られる」と感じてしまっても、仕方なかったのかもしれません。

『幕末開港綿羊娘情史 5版』に描かれる岩亀楼の遊女/国立国会図書館蔵

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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