朝ドラ『あんぱん』「仕事を断れる身分じゃない…」と受けた仕事が転機に! 児童向け作品への出発点となったテレビ出演
朝ドラ『あんぱん』外伝no.67
NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』は、第21週「手のひらを太陽に」が放送中。嵩(演:北村匠海)は健太郎(演:高橋文哉)からテレビ番組への出演を依頼される。一度は断ったものの、頼み込まれてしぶしぶ了承した嵩は、本番で緊張のあまり大失敗。一方、のぶ(演:今田美桜)は母や姉妹たちが自分の夢を叶えて立派に生きている様子を見て、自分と比較し落ち込んでしまう。さて、今回描かれたNHKの番組への出演は、やなせたかし氏にとって大きな転換点となっていた。
■突然やったこともない仕事を依頼されてびっくり
40代半ばに差し掛かったやなせたかし氏は、ラジオやテレビ関連の仕事が定期的に舞い込み、生活自体は安定していた。ただし、漫画家としてはヒット作を出せず、鳴かず飛ばず。かつての仲間らが次々と人気作品を世に送り出すなか、自分だけが取り残されたかのようなやるせない日々をおくっていた。
やなせ氏は自身でも「やったこともない仕事が突然、しかも大して縁のなかった人から持ち込まれることが多かった」と回顧していたが、NHKの『まんが学校』という番組もそのひとつだった。この番組はやなせ氏が“先生”を、落語家・立川談志さんが司会者を務めたクイズ番組で、幼い子どもたちが対象。クイズを通じて楽しく知識を身に着けられるというのがテーマだった。1964年の4月から1967年の1月まで、約3年放送された。ちなみに、あの手塚治虫氏もゲストとして登場したことがある。
やなせ氏にこの番組への出演を打診してきたのはNHKのディレクターで、ある日突然家に訪ねてきたのだという。曰く、「番組に司会者として出演してくれないか」とのこと。これにはやなせ氏も驚いた。そもそも漫画家としても無名だったし、テレビ出演しかも司会者など経験したことがなかった。
この頃のやなせ氏は「仕事を断れる身分じゃない」と自身に言い聞かせ、依頼された仕事は何でも引き受けていたという。それでも「司会はやったことがないので…」と言ったものの、ディレクターが「じゃあ司会者は別につけるので、漫画の先生ということでどうですか」と言うので、最終的に引き受けた。
ところが、収録現場に行ってみてさらに仰天。番組はあくまで子ども向けのクイズ番組がベースなので、結局やなせ氏は出題者役を務めるしかなかった。わざわざ司会者を別に立てたのに、である。それはさすがに居心地が悪く、やなせ氏は番組と話し合って冒頭に2分ほど時間をもらうことにした。そして、自分が好きだった「絵描き歌」をやろうと思い立ち、次々とオリジナルの絵描き歌を作っては子どもたちと一緒になって描くようになったというわけである。
経費が比較的安くすんだ上にそこそこの人気を獲得したこともあり、番組は長く続いた。そして、「夕方6時放送の児童向け番組」の影響力を思い知ることになった。あちこちで声をかけられるようになり、とくに子どもたちは「まんが学校の先生だ!」と駆け寄ってくるようになった。
さらにこれを機に児童雑誌から絵やちょっとした漫画、「まちがいさがし」や「めいろ遊び」などの注文が舞い込むようになったのである。コツコツ児童向けの仕事をこなすやなせ氏を、妻の暢さんはにこやかに見守っていたそうだ。そしてこの出来事が、後の児童向け作品やアンパンマンへの出発点となったのである。

イメージ/イラストAC
<参考>
■やなせたかし『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)
■やなせたかし『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)